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 ずいぶんと、大きな家だと思った。    古い透かし彫りのある鉄のアーチをくぐり、きちんと刈り込まれた芝生の庭を通って玄関の前に立った。  頑丈そうな木製の扉がピッタリと閉ざされている。  とたんに僕は不安になった。  本当にここでいいんだろうか。  やっぱりやめて帰ろうか。  お金が足りないかもしれないし、そもそも子供はダメだと断られるかもしれない。  そう考えて怖じ気づいた僕は、そっと踵を返して門の方へ向かいかけた。  家に帰ればおばあちゃんがおやつを用意して待っていてくれる。  お父さんは会社だし、お母さんは朝も夜も病院に泊まり込んでいるから、僕の世話はおばあちゃんがしてくれるのだ。  今日はみたらし団子を作ってくれるって言ってたっけ。  おばあちゃん秘伝の甘辛ダレがふんだんにかかったお団子を頬張るためなら、たいがいの言いつけは守るのがたやすく思える。  僕が寄り道をして帰宅時間が遅くなることを、おばあちゃんは喜ばないだろう。  さっさと帰ってお腹いっぱいみたらし団子を食べるんだ。  そう決心して僕は門の方へ、二、三歩足を踏み出した。  その視界のすみに、風に吹かれてゆらゆらと心許なくゆれている木札が引っかかった。  玄関の脇に植えられた桜の枝にぶら下がっている札には、大きな字で 『クラゲ、あります』 とあった。  決してキレイな字ではなかったし、いつからぶら下がっている札なのかも定かではなかったが、妙に親しみを感じるくっきりと明快な字だ。  あります、とはっきり示してあるのだから、頼めば見せてもらえるかもしれない。  値段がわかれば、お母さんに頼んで銀行からお年玉を下ろしてきてもらって買うことも出来るかもしれない。  僕は勇気をふり絞ってそびえるような木製の玄関ドアをギギっと引いて開けた。  玄関は広々として薄暗く、ひんやりと日陰の匂いがした。 「ごめんくださ~い」  僕は思いきり大声を張り上げた。 「誰かいませんか~?」  高い天井に僕の声がこだまする。家のどこかでゴトッと物音がした。  しばらく待っていると、長くのびた廊下の向こうに人影が現れた。 「やあ、いらっしゃい」  その人は黒いエプロンで手を拭きながら僕の前までやってくると言った。 「おつかい?」 「いいえ」  と僕は答えた。  お母さんは今、この瞬間、僕がここにいることなど知らないはずだ。  そう考えると、不意に胸の中が冷たくなった気がした。 「クラゲ、見せてもらえませんか?」  僕は言っていた。  言葉とは裏腹に僕がいますぐ逃げ出したい、と思っていることをなぜか絶対に悟られたくないと思っていた。  その人は、しばらく考えこむように僕の顔をみていたが、やがてうなずいた。 「いいよ」  高校に通っている隣のお兄ちゃんと同い年ぐらいだろうか。  白いシャツの上にロゴもなにもない黒いエプロンを掛け、下のズボンはどうやら学校の制服のようだ。 「名前は?」 「健太、大西健太です」 「どっから来たんだ?」 「家は福崎町です」 「オレは祥一、一人でよく来たな」 と祥一さんは言った。  褒めてくれたのか呆れたのかよくわからない口調だったから、僕は黙って祥一さんのあとについて行った。
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