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6
「あれはクラゲなんかじゃないんだよ」
祥一さんはおばあちゃんが持たせてくれたみたらし団子をもぐもぐ食べながら言った。
もう8本目なのに、一口食べるごとに「うまいな、これ」と褒めることを忘れない。
「じゃあ、なんなの?」
温室にはまだたくさんの空中クラゲたちが漂っている。
みんな温かな上昇気流に乗っかって天井付近を気持ちよさそうに浮遊しているが、もう僕に近付くために降りてくるクラゲはいなかった。
「星さ」
祥一さんは言った。
「星?」
クラゲではない代わりに星だと説明されたら、納得する人はいるんだろうか。
「役目を果たすために地上に降りてきた星なんだ」
「役目って?」
「そりゃ決まってるだろ」
指についたタレを舐めてキレイにし、お茶をすすりながら祥一さんは言った。
「子供の願いを叶えることさ」
あの日、僕はクラゲに願い事をした。
妹を助けてほしいと。
クラゲは子供に願いを掛けられて、その願いを叶えることが出来た時、空へ帰って輝く星になれるのだそうだ。
初めてクラゲに会ったとき、祥一さんは「そいつにするか?」と言っていた。
あれは僕に訊いたんじゃなく、クラゲに僕を選ぶのか確認していたんだと今になってわかった。
僕はもう一度、ふわんふわんとのどかに浮遊しているクラゲたちを見上げた。
明るい陽光に、今にも溶けて消えてしまいそうだ。
「行くのか?」
立ち上がった僕をみて、祥一さんが言った。
「うん」
僕は頷いた。
顔が自然に笑ってしまう。
「今日、真由が退院してくるんだ」
「みたらし、美味かったよ」
祥一さんはお腹をさすりながら僕を玄関まで送ってくれた。
大きな木製の扉を開けて、僕は明るい陽差しの中へ飛び出した。
目の端に、やっぱり頼りなく揺れる木の札が映る。
「クラゲ、あります」
その札をいきおいよく手で弾いて、僕は門に向かって駆けだした。
いそがないと真由が生まれて初めてわが家に帰る瞬間を見逃してしまう。
「コケんなよ!」
祥一さんの声を背中に聞きながら、僕は全力疾走で初夏の街へ駆けだして行った。
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