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意を決してリビングへ続く扉を開けると、ソファーに敦彦が座ってテレビを見ていた。まだ風呂には入っていないようで、上がカッターシャツ、下がスーツ姿だった。ジャケットはリビングの椅子に掛けられていて、恐らく帰宅したばかりなのだろうと見て取れた。
「どこ行ってた?」
不意に鋭い目線を投げかけられ、私はそんな事を聞かれるなんて思っていなかったから、更に心拍数が上がった。平静を保てなくて焦ってしまい、咄嗟に嘘を吐いてしまった。
「パートが終わってから、美奈と食事に行っていたの。敦彦何時も遅いから、たまにはいいかと思って」
「・・・・ふーん」
敦彦は私の回答に満足したのか、再び視線をテレビに向けた。あまり突っ込まれなくてよかったと胸を撫で下ろす。
普段から美奈と食事へ行ったりしているから、咄嗟に名前を出してしまったけれど、良かったかな。しまった事をしたのではないだろうか。
でも、私が一人で外食をしない性格だという事を敦彦は知っているし、職場の人とはそこまでの付き合いが無いから、誰か別の人と行ったと変な嘘は吐けない。焦った状態だったから、機転の利いた回答が出来なかった。
とりあえず美奈にアリバイ工作を頼むことにしよう。こうなってしまった以上、仕方がない。
「食事へ行くのはいいけどさ」敦彦は視線をテレビに向けたまま、乾いた声で言った。「風呂は沸かしておいてくれよ。特にこの時期は花粉が酷いから、帰ってすぐ風呂に入りたいんだよ。知っているだろ。もっと家の事、ちゃんとやってくれよ」
予定外に早く帰って来て、何故責められなくてはいけないのだろうか。腹が立ったので一言物申したかったが堪えた。
「敦彦の帰りがこんなに早いとは思わなかったの。ごめんなさい。次から気を付けるわ」
どうして早く帰って来てって言っても全然帰って来てくれない癖に、今日に限って早いのよ!
早い帰宅理由を問いただしたかったが、自分の方がボロを出してしまいそうなので止めた。
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