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新商品の完成
一週間は瞬く間に過ぎ、私は鍜冶ギルドに足を再び運ぶ。
相変わらず金属を叩く音が響き渡り、外よりも暑い熱気が工房内に充満している。サウナなんか目じゃない、一般人は数分だって中に居続けられないだろうな。
鐘を鳴らして来客を告げ、作業中のオジイサマに気付いてもらう。
「こんにちわ。依頼した物が完成しているか、見に来ました」
ゴーグルを外してオジイサマが私の前にやって来る。さらけ出された逞しい上半身の筋肉は今日も汗で輝いております。ボディビルの見せ筋肉ではない、本物の仕事に使うための筋肉は、筋肉フェチからしたら超絶涎物なのかしら。
「来たな、完成しているともさ。数日前から弟子達全員が使い心地迄、実証済みだ」
「あ、実際に使ってみてくれたんですね。助かります」
「いんや、雑魚部屋の固い布団から解放されて寧ろ感謝しているぞ」
「毎日折り畳んだり、水を入れ換えたり面倒ではありませんでしたか?」
「快適な睡眠時間に比べたら、仕事前の準備運動と汗を洗い終えた後の水処理なんて、軽い軽い。お陰さんで寝坊助が一人も居なくなったくらいじゃ」
「それは良かった。商品を売る時の謳い文句に、鍜冶ギルドの寝坊助も寝覚めスッキリな寝心地です。って宣伝しても良いですか?」
「発注が増えるのなら、是非ともやってくれ。弟子連中の仲間内に自慢したがっていたが、商品になっていないから駄目だと口止めさせるのが大変だったぞ」
後金の金貨を渡してから、受注をしようとしたら既に完成品の数が数十を越えていた。
「こんなに完成度の高い商品、売れない訳があるか。毎日作り続けたって追い付かなくなるに決まっておる。一日弟子が造れる数は最大で三台って所じゃ」
「速!? え、そんなに造れるんですか?」
「毎日暇している弟子は、自身の作品作りに自腹を切るが、仕事なら腕も上がれば金も増える。やる気が違う」
「でしたら、出張販売値段では金貨三枚で売る予定なので、セットの一台を金貨二枚で引き取りますね。他から受注が来た場合、金貨三枚を上回らなければ幾らでお売りしても構いません」
「おいおい、弟子達を甘やかせるな。一日で金貨を稼がせたら、この鍜冶ギルドから誰も巣立たなくなる」
材料費用と人件費を合わせた上で、金貨二枚以上では売らないと言い張り、私からは定価セットの一台につき金貨一枚しか受け取らなかった。
他の仕事が残っているからと、完成品を入れ終わっても渋る私はオジイサマに追い出されてしまった。
仕方ない、明日売れ行きを知らせに手土産でも持ってまた来よう。
~私が出ていってからの鍛冶工房内~
「ふう、ようやっと出ていったわい。ほれ、約束の報酬じゃ。早く弟子仲間に寝心地の自慢をして来い」
ズボンから金貨一枚を取り出すと、弟子の一人に投げ渡す。
「ひゃっほい! やっと自慢できまさぁ。口を割らないために酒を数日も我慢しなくちゃならなくて、やばかったっすよ」
「当たり前だ。納品する前から話が広まっていたら信用問題になるじゃろうが。それに黙らせたのは他にも有るがな」
「そうでしたね。まさかあの商品を造った後、俺等全員が金属鎧を造れる様になっちまったんですからね」
「あの技術に剣の行程が含まれていなくて、助かったわい。でなければ、弟子が全員揃って巣立つ所じゃった」
「普通マスターから技術を盗まずに、いきなり完成出来るなんて誰も思いませんよ。最初は苦労しましたが、一台作れる様になったら、金属鎧であれだけ苦戦していた所がなんなくこなせるんですから」
「長年の成果で腕が上がるのは自慢しても構わんが、数日で格段に成長するのは使われている技術がそれだけ高度だったせいじゃ。自慢したとたんに、他の工房の弟子達までこの工房に殺到してしまうわい」
「これ以上マスターの弟子を増やさせてなるものですか。酒に酔ってもこの事だけは言わない自信がありますぜ」
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