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第一章 再会
フリーター向けの求人情報誌を片手にベンチでボーっと過ごしていると、目の前に緑色のボールが転がってきた。柔らかそうなそのボールを見て美鈴は不意に遠い昔に初恋の男の子と2人で公園で遊んだキャッチボールを思い出した。
そうそう、こんな柔らかいボールを投げながらお互いの嫌いなところ言いまくってたんだよな。
美鈴が昔を思い返しながらそのボールを眺めていると、前にいた小学校低学年くらいの男の子が美鈴に手を振った。
「お姉さん、そのボールこっちに投げてー」
「え?あぁ」
一瞬、きょとんとしながらもボールを男の子に投げる。
丁度昨日の日付の10月22日に30歳の誕生日を迎えたばかりの美鈴は自分が“おばさん”と呼ばれることにイラっとすることがよくあった。だが、今働いている小児科の受け付けのパートではよく自分よりも年上に見える母親が子供に「ほら、おばさんに挨拶して」なんて言われることが度々ありそのたびに「お前らの方がおばさんだろうが」と美鈴は心の中で言い返していた。
でも、今目の前にいる彼からすれば美鈴はまだ「お姉さん」なのだ。それがなんだか嬉しくて美鈴はボールを男の子の方に向かって思いっきり投げた。美鈴が投げたボールはしっかりと男の子の手元に飛んでいった。体育は嫌いだったけど、運動音痴な自分にもそれくらいはできるようだ。
男の子はボールを抱えると、一緒に遊んでいた若い父親らしき男の人の元に駆け寄って何かを話していた。派手な黒いジャージにチャラそうな茶髪のその格好の彼には「ヤンキー」という言葉がぴったりだった。
こんなこと言うのは失礼だけど、ヤンキーでも子供を公園に連れて行ってあげるんだな。意外。
そう思って二人を眺めていると男の人は男の子の頭をくしゃくしゃと撫でると、突然ベンチに座っていた美鈴の方に向かって歩いてきた。
え?私あの子に何かしたっけ?
慌てて持っていた求人情報誌をビジネスバッグに突っ込んだ。心臓がドキドキと鳴る。もし、この人に何か言われたらすぐ逃げよう。そう自分に言い聞かせた。
だんだんこっちに近づいてくる男の人。
服装や髪の色からかなり若そうに見える。「ババア1人なら大丈夫だ」なんて考えてそうだ。
そんな被害妄想を頭で繰り返しながら美鈴がバッグを抱いた。金だけは渡すもんか。ボーナスが出ないフリーターは、常に金欠だし金に余裕なんてない。
男の人が美鈴の前に立ち止まる。美鈴が大人の人を睨みつけるとその人はフッと笑った。
「やめて下さいよ、俺何ももしませんって」
なにも答えずに睨む美鈴に彼はニッと笑った。
「本当よくヤンキーと間違えられるんですけど、これでも今年で30歳ですからね?」
ふーん。若く見えるけど同い年なんだ。
でも、こうやって親しみやすいキャラを演じておいて後で暴力を振られたり金を奪われたりするかもしれない。だから、絶対口をきいてはいかない。
「あの、俺ちゃんと働いてますからね?小さな車の整備工場で」
誰もあんたの職業なんて聞いてないよ。そもそもなんでこっちに近づいてきたのよ。
何も答えない美鈴に彼は「なんかすいません」とこれまた一方的に謝ってきた。困惑している、多分。
そんな父親の姿を見てさっきの男の子が「続きまだー?」と言いながら美鈴の元にやってきた。
ほら、子供いるんだからさっさと子供のところに行ってあげなよ。そう思いながら彼をみると彼は美鈴の目を見て言った。
「さっきはありがとうございます、って言いたかっただけなんです。怖がらせたりしてすいません」
そう言って頭を下げ子供の手を引いて元いた場所に戻ろうとする彼に美鈴は慌てて言葉を返した。
「こちらこそ無視したりしてすいません」
だが、彼は軽く会釈するだけでもう振り向かなかった。代わりに男の子との会話だけが聞こえてきた。
「さっきのおばさんさ、知り合い?」
「別に何でもないよ。でも、やっぱり女って何年経っても面倒臭いよな」
“女って何年経っても面倒臭い”。その言葉に一瞬反応してしまう。どこかで聞いたことあるその言葉が遠い昔友達だった男の子と重なる。中3の冬休みという中途半端な時期に急に転校してしまったあの男の子。美鈴の初恋の人。
「うん、女の人っておばさんって言ったら怒るもんな。俺の担任の諏訪なんかもう30代なのにお姉さんって呼ばなきゃ怒るんだもん」
男の子がそう言ってベンチに座っている美鈴をチラリと見た。まるで、美鈴の反応を伺うかのように。
そんな男の子に美鈴は眉を吊り上げて口パクで言った。
「おばさんで悪かったわね」
そんな美鈴のことなど知らない父親は息子の会話にギャハハと笑う。
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