番外編 不器用なアイラブユー

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 だが、翼が香奈の気持ちに背くことになったのはそれからすぐのことだった。  出張先が駅近だったこともあり、電車で出張先に行った日に事件は起こった。その日、大雨の影響で電車が運休になってしまい神様の悪戯なのか運命の引力なのか偶然そこに居合わせた美鈴と一夜を共にしてしまった。つまり、彼女と男女の関係を持ってしまった。  それが原因で翼は罪悪感から香奈が亡くなってからも大事につけていた婚約指輪を外した。今の自分はまだ香奈と死別離婚をしていない。つまり、“アレ”はいわゆる不倫だ。そう考えると、いつもお世話になっている香奈の両親とも会うことがだんだん億劫になってきた。  だが、そんな12月も下旬に差し掛かったある日、義母から渡された香奈の最後の遺書と共に義母に言われた言葉によって翼の考え方は変わった。  長文の文章が書かれた遺書のほとんどは翼に向けて書かれたものでそこには、香奈の方から再婚についての提案が書かれていた。そして、彼女の母親である義母も「まだ若いんだし自分にもっと正直になっていいのよ」と言って自然と涙が溢れていた自分の背中をさすってくれていた。  その後、美鈴にいつ告白しようかとタイミングを見計らいながらなんとなく彼女との再婚を意識するようになっていた。  そんなこともあってかスマホを開けばいつも婚約指輪の値段やデザインを調べている時間が増えてきていたと思う。だが、父子家庭の自分がそんな高価な指輪をすぐに買えるわけがなくデートは安いチェーン店が中心になっていた。  香奈と違ってブランド物にはそれほど関心のない美鈴に高い服や化粧品をあれこれおねだりされることはなかったからそういう点では楽だった。だが、そんな美鈴も店の味にはうるさいタイプで安いところチェーン店ばかりだと最初の頃はよく怒っていたけどデートの回数を追うごとにその回数も減っていった。  休みの日も土日のどちらか片方は、美鈴が休みなら彼女と過ごすことが増えてきていた。  そんなこともあり、土日に湊を香奈の実家に送り玄関先で別れる度に湊はニヤニヤして翼に同じ質問をするようになっていた。 「今日もおばちゃんとデート?」 「んな訳ないだろ!湊はさっさとおばあちゃんのところに行け」  そう言ってしっしっと湊を手で払う。だが、湊は表情ひとつ変えずに楽しそうに言った。 「おばちゃんに会うなら俺も行きたい!」 「だから今日は美鈴とは会わねーって」  できるだけ平然を装ってそう返す。でも、下手な嘘しかつけない翼の隠し事は湊にはもうバレている気がした。  そもそも湊は、まだ再婚を意識してなかった頃の自分に「あのおばちゃんと結婚したらいーのに!」と美鈴と再会したあの日からふざけてよく口にするようになっていた。子供ながら何か感じるものがあるのか、それとも彼が単に美鈴に懐いているだけなのかは分からない。  でも、今まで紹介されて会っていた他の女性と接した時の湊の反応とは明らかに違っていた。  人見知りはしないタイプということもあり、湊が自分から駆け寄って行くのはどの女性に対しても同じだった。でも、他の女性にはいつも敬語で話し彼女達を「〇〇さん」と苗字で呼んでいたのに対しなぜか美鈴に対してだけは初対面から「おばちゃん」呼ばわり。まだ「おばちゃん」には見えないけど、他の女性には絶対そんな砕けた話し方はしなかったのに珍しいなと翼は思っていた。 はっきりと再婚を視野に入れたきっかけは、香奈の手紙だったとはいえ美鈴となら再婚しても良い。初めてそんなふうに思えた。
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