番外編 素直になれたら

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番外編 素直になれたら

 彼氏にプロポーズされて婚約したら日常がガラッと変わるのかと少し前までは思っていた。  実際、美鈴の女友達の多くはウェディングハイになっていた子が多かったと思う。幸せのお裾分けも正直いらなかったけどたくさんもらってきた。  でも、いざ自分がその立場になっても別に浮かれたりしなかったし翼との関係も他の友達みたいなラブラブカップルとは程遠く婚約者になってもいつも通り喧嘩もしていたしどちらかと言うと仲の良い友達のような関係が続いていた。2人でいても変に距離をあけて歩くことも未だにあるし手も繋がないしキスもしない。要するにスキンシップを全然しない。  そんな関係に別に不満はなかったしその方が自分も楽だった。だけど、いつかと同じようにそれを翔太に話すと彼はニヤニヤして言った。 「やっぱり倦怠期でしょ?」 「別にそんなんじゃないけど」 「でも、寂しくないの?もし、俺が美鈴と付き合ってたら毎日キスすると思うけど」  翔太はそう言って冗談っぽく笑った。そんな少女漫画に出てくるようなカップルも彼ならあり得そうな気がする。そう思った美鈴は「じゃあ」と切り出した。 「昔付き合ってた彼女とは会うたびにキスしてたの?ほら、同じ塾の女子とか田坂さんとか…」 「美鈴、よく俺の歴代の彼女のこと覚えてるね。やっぱり俺に気がある?」  楽しそうに笑った翔太に美鈴はムッとした。わりとこっちは本気で気にしてるのに。 「そんな訳ないじゃん!ってかそんなのどうでも良いからどうなのか教えてよ」 「じゃあ、逆に聞くけど美鈴はどう思う?」 「翔太ならあり得そう」  その解答に翔太は「正解だから唐揚げあげるよ」と言って同じく唐揚げを食べている美鈴のお皿に唐揚げを置いていつものようにサラダのきゅうりを抜いてくれた。 「やった、唐揚げも私の好物」  そう言って唐揚げをつまみながらやっぱりみんなそんなもんなのだろうか、と頭の中でぼんやりと考えた。よくネットのアンケートとかでも出掛ける時は必ず手を繋ぐとか毎日とか週に1回のペースでキスするとかって言葉が上位に入っているのは確かだ。それを見る度によくみんなそんな恥ずかしいがことできるなと美鈴はいつも思っていた。自分なら絶対無理。恥ずかしくて気持ちがもたない。 「美鈴はスキンシップとかもっとしたい方なの?」  黙々ときゅうりが消えたサラダを食べていると、すでに唐揚げ定食を食べ終わった翔太にそう言われた。  正直、どっちなのかは自分でも分からなかった。でも、毎日とか毎週とか会う度にそんなことしてたら心臓が持たない気がする。ガチで。 「そんな頻繁には恥ずかしくて無理かも」 「彼氏は何もしてこないの?」  美鈴は首を横に振った。多分、お互い照れ臭いしそういうキャラじゃないしでそういうことができていないのだということは分かっていた。  それは仲が良かった中学生の頃も同じで隣の席になっただけで口喧嘩とは裏腹に席替えまで毎日ドキドキしていた記憶しかない。 「特に何も。そもそも向こうがどう思ってるのか分からないし」  そう言って水を飲んだ美鈴に翔太は「じゃあ」と切り出した。 「美鈴から頼んでみたら?」 「え?」  口から出た言葉と同時に箸で掴んでいた最後の唐揚げがお皿にダイブした。ボトッと落ちた唐揚げを掴まず目線をあげると、翔太が表情を変えずに付け足した。 「だって何もないのって寂しいじゃん」 「無理無理無理。絶対無理!今度会った時変に意識しちゃうじゃん」  そう言っている自分の顔は、赤くなっていたと思う。変な想像はしてないけど、心のどこかで意識してしまっている自分がいて翼が近くにいる訳ではないのにドキドキしている自分がいた。
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