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作戦は早いうちに決行した方が良い。
それがその日のうちに美鈴が考え出した答えだった。
もう30歳になるというのに翼と再会してからの自分の行動はちょっと異常だとは自分でも少しだけ思う。友達関係でいるとはいえ、振られた相手にここまで執着してしまう自分が少し変なことは言われなくても分かっていた。
でも、やっていることは友達という名の好きな人に会う機会を(意図的に)増やしているだけだ。
それにあいつの会社はアパートまでの帰り道を遠回りをすれば自転車で寄れる場所にあるし変なことさえしなければ上手いこと誤魔化せる。うん、大丈夫。
そんなことを頭で考えながら辿り着いたのは、翼が勤務している自動車整備会社の前だった。一度は経済的な理由で車を手放したとはいえ、運転は好きだったし車はまた欲しい。それにどうせ買うならプロに相談したいし使えるコネは使うべき。
そんな欲望と言い訳を脳内で繰り返しながら建物の隣にある自動販売機の前に立つ。ここでどの飲み物を買うか悩んでるフリをして、翼が会社から出てきたところを偶然を装って・・・。
「美鈴?」
「ひゃっ!?」
急に名前を呼ばれてびっくりして変な声が出る。
学生時代ならともかく、社会人にもなってこんなことをするなんてやっぱり辞めといた方が良かった気がする。いくら行動力があるとはいえもう30歳だしもう少し大人の行動を心がけた方がいいよね。
そんな言い訳を心の中で並べながら名前を呼ばれた方を見ると、そこには案の定作業着姿の翼がいた。
こいつもやっぱり少しチャラいオーラは出てるけど、悪くないなと心の中で思う。でも、それを悟られたくなくて美鈴は必死に用意していた言い訳を並べた。
「あっ、私、今日はなんだか遠回りしたい気分でここ通ったって言うか」
「遠回りしたい気分?」
「うん、たまにはこういうのも良いでしょ?」
そんな下手くそすぎる演技に嫌気がさしたのか翼が小さくため息をついた。あーこれは出禁案件だな、と思う。翔太なら上手いこと乗ってくれそうだけどこいつはダメだ。外見は美鈴よりチャラいけど、性格は美鈴よりは真面目だから多分こういうボケは通じない。
「それ嘘だよな?ってか、人の職場に監視しに来るとか女って面倒くせー。俺疑われてんの?」
「別に疑ってないし。私、翼に用事があったから来ただけだよ」
「用事?」
腕を組んだ翼が怪訝そうに聞く。
そりゃそうだろう。振った相手…というか自分に好意を寄せている女友達が急に職場に乗り込んできたのだ。
いくら中学からの信頼関係があるとはいえ、一度告白してる間柄だしこうなるに決まっている。
「単刀直入に言うけど、インスタやってる?」
「やってるけど」
「じゃあ、私のと交換してよ」
「は?女って本当何考えてんのか・・・」
「別に理由はなんでも良いじゃん」
翼の言葉に返事を被せて強引に彼にスマホを見せつけた。
「ほら、早くフォローして」
「なんで俺が美鈴のインスタを・・・。新しくインスタはじめたからフォロワー稼ぎでもしたいとかそういうの?」
「そんなんじゃないし」
そう言ってダルそうに自分のスマホを取り出した翼を片目で見る。「美鈴、美鈴」とボソボソと自分の名前を呟きながらスマホをいじる彼は顔を挙げると「ほら」と画面を見せつけてきた。
美鈴のアカウントがフォローされた画面だった。
それを見て、振られたのに少し嬉しくなって笑みが溢れる。好きな人のインスタを手に入れた。これだけで先の見えない恋が少し前に進んだ気がした。
だが、そんな美鈴の気持ちを知らない翼は面倒くさそうにムードのないセリフを吐き捨てた。
「何ニヤニヤしてんだよ、美鈴のそういうところすげぇキモいんだけど」
「別にニヤニヤしてないし」
「してるし。あと、人のインスタを悪用したりすんなよ」
「しないし。ってか、そっちは仕事中でしょ?仕事戻ったら?」
「言われなくても戻るし。缶コーヒー買おうとしたら待ち伏せしてたのは美鈴だろ」
「だから、私はたまたまだって言ってるじゃん」
そう言って自転車に跨って後ろを振り向く。
「あっ、もう少し貯金貯まったら車欲しいからその時はコネ使わせてね」
「は!?」
翼が文句を言いたげな顔をしていたけど、それを無視してペダルを踏み込んだ。学生みたいな小さなことで喜んでいる自分は随分と幼稚だけどこれが恋する女というもんだ。流石に職場に乗り込むのはこれで最初で最後にするけど。
そう思いながら踏み込むペダルはいつもより軽かった。
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