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美鈴は幼い頃に両親が離婚し母子家庭で育った。美鈴の母親はバリバリ働くキャリアウーマンでとにかく美鈴に厳しかった。
母親が元気だった社会人1年目の秋に仕事を辞めようと自分の部屋の机にフリーター向けの求人情報誌を置いていたらビリビリに破かれたこともある。
そんな母親が社会人1年目の終わりに癌で倒れた。厳しかった母親から解放された瞬間だった。
今でこそ自炊をして節約する美鈴だが、その頃は毎日晩御飯をカップ麺やコンビニ弁当や冷凍食品を食べて過ごした。口うるさい母親から解放されたことが嬉しくて栄養バランスなんて考えなかった。
そして、思い切って会社も辞めた。住む家も一人暮らし用の狭いアパートに引っ越して暫くは日雇いのティッシュ配りやライブのグッズ販売、交通量調査員をしながらファミレスのホールのアルバイトの面接を受けた。それ以来、職を転々としながらもフリーターとしてそれなりに自分でやりくりをしながら生活をしている。
「お前も苦労人なんだな」
「別に私が好きでやってることだから別に苦労してないよ。そう言う翼こそいつこっちに戻ってきたのよ」
本当は、彼がどうして地元にいるかより恐らく美人であろう奥さんについて聞きたかったけどいきなりそれを聞く勇気が美鈴にはなかった。
「2年前」
2年前だと、28歳の頃だ。そうなると、高校を卒業してどこかに就職して転勤とかだろうか。
「じゃあ翼は高校卒業した後、どこかに進学したの?」
「いや、高校卒業して4年間は別の整備工場で働いてた」
「転職したってこと?」
「そんなとこかな」
美鈴はふーんと生返事を返したのと同時にさっきまで1人で遊んでいた湊君がベンチに走り寄ってくるのが見えた。また彼におばさん扱いされたら嫌で美鈴は慌てて翼に聞いた。
「翼、私って何歳に見える?実年齢より老けて見える?若く見える?」
「お前、子供が言ったこと気にしてんのかよ。子供からしたらお前くらいの歳になるとみんなおばさんだろ」
女ってめんどくせー、と呟く翼を美鈴はむっとした顔で睨みつけた。
「美鈴は実年齢くらいじゃねーか?平均的。別に老けてなんかねーよ」
「本当?なら良かった」
無理矢理言わせた感がない訳ではないけど、翼は昔から正直に思ったことを言う性格だから基本的には嘘をつくタイプではない。それを聞いて美鈴はどこかほっとした。
そんな美鈴の耳元に再び聴きたくなかった声が聞こえてきた。
「おばちゃん、いつまで話してんの?」
またもや湊君におばちゃんと呼ばれたことに内心イライラしながらも美鈴は無理矢理笑顔を作る。
「お姉さん、お父さんと久しぶりに会えて嬉しかったから色々お話ししてたの」
湊君は「そうなんだ」と全然納得してなさそうな様子で美鈴を見ると、隣に座る翼に言った。
「とーちゃん、お腹すいた。」
この子はよっぽど美鈴が翼といるのが嫌なのだろうか。湊君は翼の手を引っ張って「はやく昼ごはん買いに行こーぜ」と言い出した。
翼もそんな我が子に対して嫌な顔をすることはなく笑みを浮かべて「分かった、分かった」と笑っている。
やっぱり、彼もみんなと同じだ。他の中学時代の友達が美鈴が遊びに誘っても「子供が熱が出た」とか「子供の幼稚園の参観日」なんて言葉が返ってくるのと同じで家庭を持っている子は独身の美鈴と違って暇じゃない。
小さい頃は、大人になると自由になれるのだと信じていた。好きな物を作って食べることができて好きな物が買えて好きな時に好きなことができる。そんなキラキラした世界を思い描いていた。
でも、現実はそう甘くはない。現実の大人は、お金はあっても時間に余裕がなくて好きなことをする時間なんてあまりとれないしご飯だって休みの日は好きな物を作るが仕事がある日は作り置き料理を食べていることの方が多い。思った以上に楽しくないし退屈だ。
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