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高校時代の同級生であり親友の真希と久しぶりに「独身女子会」をしたのは、翼と再会した2日後のことだった。
翼と別れた後、美鈴はTALKに一方的に何度かメッセージを送ったりしたが、返信は一度も来なかった。
思えば、学生時代や独身時代はメッセージの返信がはやかった他の友達も結婚してからは仕事や子供のことで忙しいのかメッセージが返ってくる頻度が遅くなった。そんな時にまたみんなに置いて行かれたと感じてしまう自分が美鈴は嫌だった。
「その子、連絡もうブロックしてるかもよ?」
美鈴の前に座った真希がアイスコーヒーのストローをカラカラと回しながら言った。
「えーでも、メッセージは送れるよ」
「じゃあ、ずっと未読無視するつもりじゃない?」
「翼に限ってそんなことはないって」
美鈴はそう言ってフライドポテトを頬張った。
「でも、その子子供いたんでしょ?」
「うん。それも結構大きい子。小学校低学年くらいの」
「美鈴は、その子から父親を奪いたいって思ってるの?」
そう言われて母方の姓の青野美鈴ではなく、父方の姓の高橋美鈴として生きていた頃の記憶が脳裏を過った。
美鈴の父親は、小学1年生の夏頃から家に帰って来ない日や朝方に家に帰ってくることが多かった。母親に聞いた話によると彼の職業は、普通の会社の会社員で美鈴が小学校に入る以前はどんなに帰りが遅くなっても日付けが変わるまでには家に帰っていたらしい。
そのうち父親は休みの日も朝早くから家を留守にすることが増えていった。そして、美鈴が小学3年生になったばかりの春の日曜日の朝、彼は離婚届と結婚指輪を台所の机の上に置いて何処かに行ってしまった。
最初に離婚届と指輪を見つけたのは、美鈴だった。小学3年生ともなれば両親の事情は分からないにしろ、これが離婚届の紙だということは見てすぐに分かった。
美鈴は紙を持ち寝室で休日出勤のため会社に行く支度をしていた母親に離婚届の紙と指輪を渡すと母親は大きくため息をついた。
「やっぱりね」
「何がやっぱりなの?」
美鈴が聞き返すと、母親は「大人の事情に首を突っ込まない」とだけ言い残すとビジネスバッグを持って玄関へと向かった。
「お母さん、朝ご飯食べないの?」
「いらない。美鈴は棚に置いてるクリームパンでも食べちゃいなさい。お昼ご飯は、冷凍庫に入ってるたこ焼きでも食べといて」
母親はそれだけ言うと、玄関横の靴箱の上に置かれた車のキーを取り出て行ってしまった。
「2人とも変なの」
大人がいなくなった部屋に美鈴の声だけが響いた。
大人になった今思えばドラマの見過ぎだったとしか思えないが、その頃の美鈴は離婚する夫婦というのは毎晩口喧嘩ばかりしてて片方(大体妻)が「あなたとはもう終わりよ!」と言って離婚届の紙を突きつけるものだと思っていた。だから、黙って結婚指輪と離婚届だけ置いて行った父親がどうしても何も言わなかったのか不思議で仕方なかった。
「お母さんは何も言ってなかったのにな」
そう言って母親が「大事な書類だから触らないで」と言っておいていった離婚届をマジマジと見た。離婚届は、夫の欄はもう全て記入が終わっており後は妻が記入する欄さえ記入すればすぐに提出できる状態だった。
離婚届をまじまじと見えていると、『未成年の子の氏名』と書かれた欄の『妻が親権を行う子』の欄に「高橋美鈴」と美鈴の名前が書いてあった。それを見てぼんやりとお母さんに引き取られるんだ、と美鈴は思った。
それから少し経った頃、美鈴の名前は「高橋美鈴」から「青野美鈴」に変わった。美鈴の友達の中には「なんで苗字が変わったの?」と聞いてくる子もなかにはいたけど別にその質問をされることは嫌じゃなかった。誰に対しても「お母さん達が離婚したから」と堂々と発言してたし、その年の二学期にな同じ学年の別のクラスの子でも急に苗字が変わった子がいたと知り離婚はそんなに珍しいことじゃないんだなと子供ながら思った。
だが、全然ショックじゃなかったのかと言われたらそうではない。
きっかけは、小学3年生の秋に偶然母親のドレッサーの上に置かれた写真を見てしまったことだった。
『鈴木探偵事務所』と書かれた封筒から覗いていた数枚の写真を美鈴は大人になった今でもはっきりと覚えている。写真に写っていたのは、美鈴の知らない母親と同じくらいの歳の女の人と父親の写真だった。2人で手を繋いで歩いている写真、仲良くお酒を飲む写真、抱き合っている写真。その写真を見て美鈴は初めて2人がなぜ離婚をしたのか知った。
亡くなった母親には、最期まで探偵事務所からの写真をこっそり見た話さなかったが父親が知らない女の人と一緒になったことを美鈴は知っている。名前も知らないし、顔もよく覚えていないけど自分から父親を奪った女の人がいることを美鈴は知っている。
あの時は、母子家庭になり別のアパートに引っ越して小学校までの距離が遠くなったことにイライラしたり一緒に帰る暫くは友達がいなかったことに腹が立ったりした。だけど、今ならあの女の人の気持ちも分かる。本気で好きな人なら例えそれが誰かを傷つける行為になったとしても自分のものにしたいと思う。
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