ケリーの章 ⑬ 待ちわびていたプロポーズ

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ケリーの章 ⑬ 待ちわびていたプロポーズ

 18時半― 診療時間が終わり、待合室の片づけをしているとヨハン先生が声を掛けて来た。 「ケリー。お疲れさま」 「はい、お疲れ様です」 「片付けはいいから出かける準備をしてきた方がいいよ。後片付けは僕がやっておくから」 「ですが…」 「今夜はトマスさんとデートだろう?」 「え?デ、デート…?」 ヨハン先生の口からデートと言う言葉を聞くのは辛かった。本当は出掛けたくはないのに…。けれどそれを口にする事は出来ない。きっと私がトマスさんの誘いを断ればヨハン先生を困らせる事になってしまうから。 「そうだよ。トマスさんを待たせてはいけないからね。早く部屋へ戻って準備をしておいで」 笑顔で言われてしまえばその通りにするしかなかった。 「はい、分りました…。準備してきます。片付けのお手伝い、出来ずにすみません」 頭を下げて謝った。 「いいんだよ。ケリーはそんな事少しも気にしなくて」 「すみません」 そして私はもう一度頭を下げると自室へと戻った。  今夜もアゼリア様の洋服を着る事にした。丁度良いことに私とアゼリア様の服のサイズはまるきり一緒で、どこもお直しする必要が無かった。 「アゼリア様。今夜はこのドレスにしますね」 紺色のロングワンピースにお揃いの丈の短いジャケット。襟もとと袖部分にはフリルがあしらわれており、落ち着いた雰囲気のワンピースドレスだった。 アゼリア様の形見のワンピースを着て姿見の前に立った私は鏡に手を置き、ポツリと呟いた。 「アゼリア様…ヨハン先生は私が成人したので…出て行ってもらいたいのでしょうか…」 そして私は溜息をついた―。  階段を降りて行くと、話し声が聞こえて来た。 「すみません、まだケリーは準備が出来ていないようなので…少しお待ちいただけますか?」 ヨハン先生の声だ。 「いいえ。僕が勝手に早く来てしまっただけですから、どうかお気になさらないで下さい」 トマスさん…!もう来ていたなんて…! 慌てて階段を降りて待合室へ行くと、そこにはスーツ姿のトマスさんが未だに白衣姿のヨハン先生と向き合っていた。私に最初に気付いたのはヨハン先生だった。 「ああ、ケリー。準備が出来たんだね?うん、そのドレス、すごく…」 しかし、ヨハン先生は何故かハッとした表情を見せると口を閉ざしてしまった。一方のトマスさんは何故か私の方をじっと見つめたままだった。 「トマスさん。お待たせして申し訳ございません」 トマスさんの前に進み出て頭を下げると、途端に私を見てトマスさんは顔を赤くすると言った。 「ケリーさん…とてもお綺麗です。思わず見惚れてしまいました」 聞きなれない言葉の上、ヨハン先生の視線を感じて思わず頬が赤くなってしまった。 「あ、ありがとうございます」 「いえ。お礼を言うのは僕の方です。今夜のお誘いを受けて下さったのですから」 そして次にトマスさんはヨハン先生を見た。 「それではケリーさんをお借りします」 「ええ。楽しい時を過ごして来て下さい」 楽しい時…。 私が楽しいと感じられるのは…ヨハン先生と一緒にいる時なのに…? ヨハン先生の言葉に私の心は酷く傷つくのだった―。
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