ケリーの章 ⑳ 待ちわびていたプロポーズ

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ケリーの章 ⑳ 待ちわびていたプロポーズ

「あ、あの…」 今迄男の人に手を握られらた事が無かった私は驚いてしまった。するとそんな私の様子に気付いたのか、トマスさんが慌てたように手を離すと頭を下げてきた。 「すみません、ケリーさん。ついうっかり…貴女の手を握りしめてしまって…」 トマスさんはテーブルに頭がつきそうになるくらい、深く頭を下げてきた。仮にも私はこの『リンデン』の町の大富豪である方に頭を下げさせてしまっている。 「い、いえ!どうか頭を上げて下さい。ただ…ただほんの少し、驚いただけですから」 「ですが、不快だったのではないですか?ほんとに申し訳ございません」 トマスさんは顔を上げようとしない。 「いいえ、不快だなんて思ってもいませんから」 慌てたように言うと、トマスさんは顔を上げて私を見た。 「本当に…本当に不快では無いのですね?」 「ええ、勿論です」 「それは僕を…拒絶していないと捉えても良いのでしょうか?」 「え?ええ…そうですね」 するとトマスさんは安堵したかのようなため息をつくと言った。 「ああ…良かった…てっきり僕はケリーさんに嫌われてしまったのではないかと思って…」 「そ、そんな。嫌うだなんてとんでもありません」 「そうですか…ケリーさん。実は今だから正直に言いますが…今回僕とケリーさんがこの様な形でお会いすることになったのは…全て僕からヨハン先生に頼んだことなのです」 じっと私の目を見つめながらトマスさんが言う。 「え…?マリー夫人からでは無かったのですか?」 「ええ、そうです。僕からヨハン先生に話をした後…父と母に相談しました」 そんな…てっきりこの話はマリー夫人からヨハン先生に話を持ちかけて来たのだと思ったのに…。 「ケリーさん。僕は…以前から貴女を知っていました。いつも明るい笑顔で診療所の前を毎朝掃除している姿を…お年寄りの患者さんには手を貸して馬車まで連れて行く姿を…僕はそんな貴女に…いつしか強く惹かれていました」 「トマスさん…」 「ケリーさん。もし…心に決めた方がいないのなら…結婚を前提に僕とお付き合いして頂けないでしょうか…」 そして再び、トマスさんは私の手を握りしめてきた―。 **** 22時半―  色々あって、すっかり帰りが遅くなってしまった私は勝手口へ周り、驚いた。まだ厨房に明かりが灯されていたからだ。いつもならこの時間は先生はとっくに自室にいるはずなのに…。もしかして、また薬を調合しているのだろうか?それとも私がまだ帰ってこないので、明かりをともしておいてくれたのかも知れない。 鍵穴に鍵を差し込んでドアノブを回し、扉を開けた途端…。目の前のテーブルに置かれた椅子にヨハン先生が座っていた。 「ケリーッ!」 ヨハン先生は私を見るやいなや椅子から立ち上がり、駆け寄ってきた。 「ケリー。大丈夫だったんだね?」 「え?何の事でしょうか…?」 「いや…あまりにも帰りが遅いから心配で…でも良かった。こうして何事も無く帰ってきてくれて」 「え…?ヨハン先生。ひょっとして私を心配でずっとここで待っていてくれたんですか?」 もしかして先生…私のことを…? ドキドキしながらヨハン先生に尋ねた。けれど…次の言葉に私は打ちのめされてしまうことになる。 「ああ、当然じゃないか?何しろ僕はアゼリアからケリーを託されたんだから。僕はケリーの保護者だからね?」 「ほ…保護者…」 思わず声が震えてしまう。目頭が熱くなってくる。駄目だ…私。ヨハン先生の前で泣いたら…私の恋心を知られてしまうかも知れない。 「どうしたんだ?ケリー」 するとそこへタイミングよくトマスさんが現れた。 「あの、すみません。実はケリーさんがハンカチの忘れ物を…」 背後から声を掛けられ、思わず振り向くとトマスさんが驚いたように私を見た。 「ケリーさん?どうしたのですか?目が赤いですよ?」 「あ…、す、すみません。目にゴミが入ってしまって…ハンカチありがとうございます。私…目のゴミを取ってきます。申し訳ございません、失礼しますっ!」 そして私は呆気にとられているヨハン先生とトマスさんをその場に残し、階段を駆け上がり…自分の部屋に入るとベッドの上に倒れ込み、枕に顔を押し付けて声が漏れないように涙が出なくなるまですすり泣いた。 私は…所詮ヨハン先生に取ってはアゼリア様から託された存在であり、保護対象者でしかなかったんだ…。  一方、その場に残されたトマスさんとヨハン先生が…どんな話をしたのか私が知るのはもう少し先の話になる―。
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