旅路(1)

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 エメラルド色の森が恋しくてならない。日々の習いで泉に行ったのは、まだ今朝のことであったのに。アリアーネが何度も寝返りを繰り返しているのを、焚き火を挟んだゴディウィンは気付いていた。が、決して声をかけようとはしなかった。その彼もまた悩ましい思いに捕らわれていたのだ。  クルービアに美男美女が多いと噂には聞いていたが、これほどの美貌とは思ってもみなかった。かつて故郷で思いを寄せていた田舎娘などすっかり忘れてしまうほどに。馬の背から転がり落ちたりしないようにと、何時間も支え続けた彼女の柔らかな体の感触を思い出す。風に煽られる度に黄金色の髪から漂う香の薫りに鼻をくすぐられ、巫女の衣装の襞からのぞくしなやかな腕の白さが、彼の心を落ち着かなくさせる。  この人こそ命を捧げても惜しくはないと心酔するナレンの王子に相応しい娘だと必死に自分に言い聞かせながら、心の裏側ではこの王女を王子には会わせたくないとも思っていた。  これまでにも、幾度か王子好みの女を世話したことがある。王子は情の深い男なので、女たちが粗略に扱われることはなかったが、彼女らを百人束ねてもこの娘には敵うまいと、ゴディウィンは確信していた。王子は必ずやこの娘に気に入り、妻にと望むだろう。  もちろん、王女にとっても、未来のナレン王の妃となるのは決して悪い話ではないはずだ。けれども、ゴディウィンはどうしてもナレン王妃となったこの娘の姿を思い浮かべたくなかった。それが、どれほど気高い王女に似つかわしい地位であったとしても。
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