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アリアーネは女たちの足音が消えるのを待った。そして、静けさが訪れると、泉の方へと体を向けて目を閉じ、祈りの言葉を呟き始めた。小鳥のさえずり、木の葉の擦り合う音、湧き上がるかすかな水のゆらめき────彼女が感覚の全てを自然の中に溶け込ませてなかったならば、背後から近づいてくる気配に気付かぬこともなかったであろう。叫べば聞こえる距離に付き添い女たちが控えていたし、彼女たちがその足で神殿へ助けを呼びに行けば、狼藉者は取り押さえられ、アリアーネはこれから先も神殿での静かな日々を送り続けることが出来たはずであった。
けれども、アリアーネは気付かなかった。ナレン人の若者に、その鋼鉄のような腕で羽交い締めにされるまで何も分からなかった。何が起きたかさえ飲み込めず、口を塞がれて耳元でこう呟かれて初めて、自分が何者かに捕らわれてしまったことを知った。
「騒ぐな。一言でも声をたてたら、お前を殺す」
"殺す"と言われた瞬間、本能的に体が固まってしまう。ゴディウィンはこの機を逃さず、アリアーネを捕らえたまま引きずるように歩き出した。それは、彼女が来た道とは別方向の道であり、付き添い女たちが異変に気付く気配もまるでない。
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