始まり

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 この時初めて、アリアーネは異国の男をまともに見ることができた。思ったよりは年若く、絹のような艶やかな黒髪に強い光を帯びた黒曜石のをしている。浅黒い肌に引き締まった体躯、いかにも戦士らしい機敏な動作。こんな男の隙を見て、果たして逃げ出すことなど出来るだろうかと、アリアーネは不安になった。  しかし、ナレンなどに連れていかれる訳にいかぬのだ。ナレンは祖国キーリングルを三年近くも包囲し、苦しめている敵国なのだから。何が何でもこの男を出し抜いて、逃げきらなければならない。  そう決意すると、アリアーネはあたかも逃げることなど諦めたかのように装い、なるべくしおらしく振る舞った。全てナレン人の男を油断させるためだ。質素な食事が済むと、気まずい沈黙を破り、自分から口を開いた。  「何故、私をハーメットから連れ出したの? 私が誰だか知っていて、このようなことをしたの?」  ゴディウィンは一瞬黙り込んでから、アリアーネをじろりと見た。  「あんたは、キーリングル王の末の娘だろう? そして、王都ハバラの守護女神ハーミアの生まれかわりと言われている王女だ。我がナレンの勝利のためには、どうしてもあんたが必要なんだよ」
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