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「牛乳を入れたココアをミルクココアって呼ぶのに、牛乳を入れたコーヒーをコーヒー牛乳って呼ぶのおかしくない?」 「好きなほうで呼べばいいんじゃないかな」 「よくないでしょ。名前って大事よ」 「ちなみに僕は茶碗に盛られたお米をご飯、皿に盛られたらライスって呼ぶんだけど」 「好きに呼べば?」    仁見さんは絵具のチューブを探しながら冷たく言った。僕は筆を水に泳がせつつ、二度と彼女にご飯とライス問題について尋ねないことを誓う。 「お、二人とも早いね。お疲れ様」  ちょうど僕が筆に新しい色を乗せたとき、美術室の扉がからりと開いて一人の先生が入ってきた。美術部の顧問、松坂(まつざか)先生だ。 「お疲れ様です、先生」 「先生が遅いんですよ。今日は珍しく早いほうですけど」 「いやあいつも手厳しいね仁見さんは。ほら、大人の事情ってやつだよ」  からからと先生は笑う。彼女の言うように、先生はいつも週末の下校時刻間際によく現れるのでこうして週半ばに顔を見せるのは珍しい。 「……この作品は今度のコンクール用?」  先生は僕たちの元へ歩み寄ると、そのまま背中を丸めて僕たちの並べたキャンバスを交互に眺めた。自分の作品に自信がないわけではないが、そこまでじっと見られると少し緊張する。 「はい、もうすぐ完成です」 「私も結構いいペースで進んでるので今週中には」 「そっか。うん、いいね。“好き”が溢れてる」  姿勢を戻した先生は微笑みながら満足げに頷いた。 「“好き”が溢れて、はじめて世界だ」  それは先生がいつも言っている言葉だった。  “好き”が溢れれば、そこに“嫌い”が現れる。“好き”と“嫌い”が揃えば、そこからすべての色は生まれるんだよ、と。  その意味はわかるような気もするし、やっぱりよくわからないような気もする。 「それいっつもよくわかんないんですよね」 「仁見さんは本当に鋭利だね。まあよくわかんないから、絵があるわけだけど」 「む?」  首を傾げる仁見さんに先生は苦笑して、ちらりと腕時計を見た。  そして一度扉のほうを向いて誰も入ってこないことを確認すると、僕たちに向き直る。 「それはさておき、今日は君たち二人に話があります」  え、と隣から声が聞こえた。  てっきりいつものように気まぐれの登場だと思い込んでいた僕たちは戸惑いながらも筆を置いて、座ったまま身体を先生に向ける。 「二人ともコンクール作品が終わりそうでちょうどよかったよ」  先生はからからと笑って、笑顔の余韻を残したままの表情で僕たちに告げた。 「来週から二人で絵を描いてください」 「……はい?」
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