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「埒が明かない、の埒って何か知ってる?」
「いや知らないな」
「柵とか囲いとかって意味なんだって」
「へえ、境界ってことか」
「そうそう。だから今の私たちは埒を作ってるんだよね」
仁見さんは木枠にタックスを打ち込みながらそんなことを言う。こんこんこん、と頭を揺らすような打音が、土曜日の誰もいない美術室にはよく響いた。
まあわからんでもないな、と思いながら僕は画布がたわまないよう力を込めてピンと張る。僕たちが今組み立てているキャンバスは、絵画という一つの世界を閉じ込める柵のようなものだ。
「よし、できた。結構体力使うんだよねえこれ」
画布の最後の一ヶ所を留め終えた仁見さんは額の汗を拭うようなポーズをした。実際に汗は見えないが、キャンバスの組み立ては見た目より大変な作業だ。
「美術部はもう運動部でいいよ」
「ほんとにね。でもそれ演劇部も放送部も吹奏楽部も言ってたよ」
「体力を使わない芸術なんか無いんだろうな」
「いいこと言うね」
仁見さんはキャンバスの右側面を両手で掴む。それを見て僕が逆側面を持つと、彼女の「せーの」と言った。声に合わせてキャンバスを持ち上げる。
「それにしても大きいな、この埒」
「ほんとだねえ」
壁に立てかけた、自分たちの背丈よりも大きな画布を見上げる。めいっぱいに手を伸ばしてぎりぎり届く高さだ。僕は今までこのサイズの絵を描いたことがない。
「じゃ、はじめようか。時間もないしね」
彼女は画筆を持ち上げた。僕も「そうだな」と筆を取る。
キャンバスの下に敷いた新聞紙を踏むと、がさりと音を立てた。
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