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「このままじゃ埒が明かないよ」
金曜日の放課後、他の部員が帰り支度を始める中で仁見さんは言った。何のことかは僕たちの間に開かれたスケッチブックを見ればわかる。
「一週間考えても何も思いつかないなんて」
「スピードスターの称号は剥奪だね」
「何ほっとした顔してんのよ」
先程まで白紙のページを睨みつけていた彼女はそのまま鋭い視線を僕に向けた。八つ当たりはやめてほしいが、ここでの僕たちの責任は半々なのでなんとも言い難い。
「元々考えてから描くタイプじゃないんだよ、僕も仁見さんも」
「うん、やっぱり勢いって要るよね。勢いが大事なのって結婚だけじゃないよ」
「ああシャワーヘッドとかな」
「人生の節目と梁間くんの理想のバスタイムを並べないでくれる?」
「高校生には結婚よりお風呂のほうが大事だろ」
いや何の話よ、と仁見さんは会話を切った。僕も特にこだわりのない会話だったので切られても文句はない。
しかし彼女が頭を抱えるのもわかる。今まではずっと一人で描いてきたからどうにだってできた。何の気なしに筆を持ち上げて、心の赴くままに色を選んだ。もし失敗しても修正できたし、なんなら新しく描き直したってよかった。
しかし今回は合作だ。僕だけの、彼女だけの作品じゃない。
「あーこれじゃコンテストに間に合わないよー。いやだー。このままじゃ美術部のスローロリスとして名を馳せてしまうー」
「それは本当に嫌だな」
最悪の想像に危機感を抱いた僕は、どうにかその未来を変えようと脳をフル回転させる。他の部員はいつの間にか帰ってしまったようで、僕は誰もいない美術室を見渡した。
何か、何かないか。
「――あ」
「ん、どうしたの?」
首を傾げる仁見さんを見る。
ひとつだけあった。決して繋がらない僕たちがなんとか一つの作品にまとまる可能性。
「……これは賭けになるかもだけど」
僕は右手を伸ばして、机に置かれた白紙のスケッチブックを閉じた。
「即興アート、っていうのはどうかな」
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