cocktail.25 近づけない場所

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 昼間、母の病室に通う間、弘臣が医師として働く姿をよく見かけるようになった。 ……この人、こんな顔するんだ。 そう思えるくらいいつも険しい顔をしていて、キリッと動き回る弘臣は文乃の前にいる様相とは全く違っていた。 思い返してみれば出会った頃は確かに硬い表情をしていたが、ここまでではなかった気がする。 仕事中の姿を見ていると、弘臣がどこか遠い人のように感じられた。 「弘臣」 夏海が弘臣を呼び止める。 2人が一緒にいる姿も数度見かけて、その度に胸が塞がる思いをした。 そしてまたその光景が目の前に映る。 「弘臣、顔色が悪いわ」 「……問題ない」 すると、背中を向ける弘臣に対して、こちらを向いている夏海は文乃の存在に気付いてチラッと視線を向けた。 そしてあえて文乃に聞こえるように言う。 「大変な手術を控えているんだもの。私には、あなたの苦しさがわかるわ。何かできることがあるなら何でも言って。あなたを支えるわ」 「……ああ、すまない」 弘臣は俯いて眉間をグッと指で押さえる。 「少し仮眠を取ったら?」 「そんな時間はない」 「ダメよ。休むことも必要だわ。後は私に任せて」 「……わかった。頼む」 「途中まで一緒に行きましょう」 夏海は文乃に笑みを向けてから、弘臣と共に背を向けて去って行った。  暫くすると、文乃のスマートフォンに弘臣からメッセージが届く。 『文乃、大丈夫か?』 仮眠前に送ってくれているのだろう。 自分だって相当疲れているはずなのに、文乃の心配をする弘臣に涙が溢れそうになる。 それと同時に夏海の言葉が思い出される。 『あなたには、弘臣が医師として抱えてるものの大きさがわかる? 何を背負って、何を思っているかわかる?』 グサリと胸を指されたような感覚がした。 恋人なのに、弘臣のことを全然わかっていないとはっきり突きつけられたようなものだ。 人の命を預かる仕事だ。想像もつかないほど大きなものを抱えているに違いない。 医療関係の仕事をしたこともないし、身近な知り合いにほかの医師がいたこともない。 弘臣自身も仕事についてはあまり話したがらない。 拙い想像力で大変さを思い浮かべることくらいしかできなかった。 母の手術日程に関しても『予定が空いていた』のではなく、急ぎたい手術だから『予定を空けた』状態らしい。恐らくただでさえ予定の詰まっている弘臣の日程に無理矢理詰め込んだ形なのだと思う。だからその分、今、別の仕事で忙しくなっている。 自分は何もしてあげられず、ただ見守るだけ。それなのに弘臣は自らをそっちのけで、こちらの心配までする。自分が重荷にしかなっていないような気がして嫌になった。 本音を言えば母の手術に対する不安は大きい。独りで抱えているのがとても苦しい。だが、これ以上弘臣に負担をかけることはできないと思った。 『大丈夫。私のことは気にしないで』 そう送った後、弘臣から返事は来なかった。
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