cocktail.25 近づけない場所

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 夜はバーへ仕事に行った。 酷く重い足取りだったが、ただ見ているだけしかできない自分が嫌になって、それを忘れるかのように仕事に打ち込んだ。 ただ、バックヤードに入ってふと気持ちを緩めた時に考えてしまう。 今、仕事をしている自分は、純粋に仕事が大事でここにいるわけではない。 母との約束を守るために仕事をしているわけでもない。 ではなぜ仕事をし続けているのか。 それは、苦しむ母を見ることも、自分が何もできないことも、弘臣と夏海が一緒にいるのを見ることも、全部嫌でここにいるのだ。 全てから逃げるために……。 大切に思っているはずの仕事を逃げ場にしている。 そう思うと自分のことがどんどん嫌になり、息の詰まるような感覚がして座り込む。 「堀田、さっき言ってたブルーキュラソーの話――……おい、堀田? 大丈夫か?」 バックヤードに入ってきた皆川が、座り込む文乃に気付いてそばに近づく。 「おい、これって……過呼吸の発作だろう? 兄ちゃんに連絡して――」 「ダメ……ッ……」 「ダメって……だけどな――」 「平気……です……。すぐ……治る」 皆川は頭を抱えると、文乃に告げる。 「わかった。とりあえず……『ゆっくり呼吸しろ』って兄ちゃんが言ってたよな。できるか?」 「……はい……すみませ……っ……」 「慌てなくていい」 皆川はただそばにいてくれた。 皆川に弱いところを見せたくないという気持ちが、文乃の気持ちを強く保つ。  少し呼吸が落ち着いた頃、皆川が文乃に告げる。 「お前な……だから無理するなって言っただろう。患者の家族っていうのもキツいもんなんだよ」 母の手術前後は仕事を休めと皆川に言われていた。 でもここで仕事をしていないと、情けないことに逃げ場すら失われる。 仕事まで休んだら、自分をどう保ったらいいのかわからない。 「いても、どうせ……何もできない」 そして、弱くて何もできない自分に唯一できるもう一つのこと。 それは―― 「私は……しっかり……しなくちゃいけない……んです……」 自分まで弘臣に迷惑をかけるわけにはいかない。 自分のことくらいは自分で何とかしたい。 俯いて呼吸を整えながらそんなことを考えていると、皆川がフフッと笑う声が耳に入った。 「ほんっとに、堀田は意地っ張りで隙を見せるのが嫌いだな……。めんどくせー」 「放っといて……ください」 「かわいくねーな」 「別に、皆川さんに……思われなくても……いい」 「かわいく思われたいのは兄ちゃんだけ、だもんな」 「……セクハラ」 「おぉ、そうだそうだ、その調子だ。堀田はそうでないとな」 皆川流の励ましだったのだろう。 ちょっとイライラしつつも、少しだけ心が軽くなって、呼吸も楽になった。
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