馴れ初め編

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【B視点】出会い ・SideB  あいつを最初に見たときは『なんかでっかい奴来たなー』くらいの印象だった。  背は男子並みに高かったしね。入学当初から目立ってたんじゃない?  あの子は勉強ができて、運動ができて、みんなとうまくもまあまあできていた。  それでもなんとなくクラスでは浮いていた。  容姿にコンプ持ちで目立たないようにしてる……ってのは後にあいつから聞いた理由の一つではあるけど。  にしたってまあ、本当に最低限というか。  髪は洗って乾かすだけで手入れという概念は端から抜け落ちてるのか、毛先はぱさぱさで痛みっぱ。  私服は一昔前のトレンド感バリバリの模様やデザインで、なんかいかにもお下がりで間に合わせた感じの芋っぽい見た目。  化粧ってやってる? と聞いたら『それは大人になってからするものでは』といつの時代やねんとツッコみたくなるコメントが来た。  これ、あかんパターンだ。  親あたりから、女の子が化粧なんてまだ早いわよーとか律されてて。  華の十代にお洒落のやり方を教わってこなかったから、いざ社会に出たときにどうにも垢抜けなくて『その歳で化粧もできないの?』なんてため息を吐かれる未来が見えた。  ナチュラル風メイクなんて言葉があるように、一見地味に見える女だって顔には何色も塗りたくってお絵描きして日夜ダメージケアに努めてるんだってば。  服や下着だって成長止まってサイズ変わらなくなったラッキー、とはいかずずっと着回してたらよれて臭いも取れなくなるから戦力外通告の前に買い換えるんだっての。  SNSで映えてる奴らの9割は、加工アプリでばちばちいじってんだから真に受けんな。  などとあたしは自分のキャラに合わない熱弁を振るった。  意外にもあいつは邪険にせず、『教えて欲しい』と興味を示してきた。  多分そのあたりからだ。付かず離れずの距離感になったのは。  ほっとけない、みたいな保護欲がずっとあってあたしから付き纏うようになったんだった。  ファッション街とかエステとかジムとか、きゃぴきゃぴしたとこに連れ回しまくって。  で、3年であの切れ毛とうねり毛先だった頭に天使の輪がうっすら降臨するようになったのはすごくない?  私服のセンスも自分の体型や雰囲気に合ったテーマを見つけてからは、トータルコーディネートの仕立ては随分と上がったと思う。  スタイルも。行きつけのスポーツセンターに連れて行ったら気に入ったらしく、そっから筋トレが趣味になったっぽい。  一度決めたことは投げ出さない。  微々たる成果だろうと、伴う努力を続けられる。  あいつの頑張りと比例するように、周囲の扱いは変化していった。  2年にもなれば自然と人が集まってくるようになった。  もう、あたしがいなくても大丈夫っぽいね。  まるで育ての親のごとく遠巻きに眺めながら、あたしはたまに混ざる程度の関係性へ距離を置くようになった。 「…………」  そうして今日も、あたしはあいつのもとへ向かう。  こうやって、単独で来るのは何回目だっけ?  卒業して、それぞれの進路を歩むようになって、関係が切れたわけじゃないからたまーに遊ぶくらいの仲で落ち着くんだろう。  そう思っていた。  だけど、いつからだろうね。  呼びづらいなと思うようになったのは。  幹事役のように引っ張っていたから、そのあたしから誘いが来なくなれば自分から遊ぼうと名乗りを上げる声はぱったりと止んだ。  みんな、家が遠くなっちゃったのもある。  大学も別々。仕事や家庭がある人もいる。  だから、仕方ない。  別に絶交したわけじゃないんだから、いつでも連絡は取れる。  そう思いつつも、時間の流れは緩やかに残酷だ。  たった半月でかつての親友たちは友人へ、知人へ、そして他人へと移ろいでいった。  その流れに逆行するように、あたしは今も不定期に足を運んでいる。  バイト先の途中にあるから。己の環境を口実にして。  スマホが午後8時を告げる短いアラームを鳴らす。  ちょうどあいつも、勉強に一区切りついたのか席を立った。 「何か作るか」  気を遣ってくれたみたいだけど、ちょいちょいつまみと酒を胃に収めていたから空腹感はまだ湧いてこない。 「大丈夫。ご飯買ってある」 「そうか」 「あんたは?」 「そんなに空いてない。風呂は湧いてるが、どうする」 「ううん。お先にどうぞ」  さすがに、家の主を差し置いて一番風呂とはいかない。  加えてあたしは長風呂だし。 「了解」  淡々と短いやり取りを交わして、あいつは洗面所へと向かっていった。  あたしは長時間座ってて凝り固まった筋肉をほぐすべく、軽いストレッチを始めることにした。 「お帰り」  そんなに待つことなく、あいつが頭から湯気を立てて出てきた。  あたしとは桁違いの入浴の速さだ。  髪が短いっていいよね。毛量やばいあたしの髪質だとショート無理だから。  あいつはおもむろに乾いたタオルを取り出すと、丁寧に頭皮を拭き始めた。  手慣れた動作をなんとなく横目で見ていると。 「あ」 「……?」  見知ったパッケージが目に入ったので、思わず声が出てしまった。  ヘアオイル。  あたしが昔、ヘアケアのコツを聞かれた際に勧めたメーカーのものだ。  水気を拭き取ったら、これを毎晩乾かす前に付けるとこから始めてみなと。 「それ、今も使ってくれてるんだ」 「ああ、お陰様で助かっている」  どこか気恥ずかしそうにあいつは早口で告げると、オイルを垂らした手を髪に撫で付けた。  髪全体に油分を行き渡らせて、櫛で馴染ませていく。  梳いた端から髪はするすると櫛目を流れ落ちて、鈍い艶が宿りはじめる。 「ほんと、つやつやになったねぇ」 「そうだな」 「劇的ビフォーアフターだよ。すごいすごい」 「どうも。あと、一番効果が目に見えて感じられたのはこっちだった」  少し得意げな口調で、あいつは梳かしているものとは別の櫛を取り出す。 「これかー」  ほんのり木目が濃くなりつつある、柘植の櫛が現れた。  良い品質であれば、地肌と毛穴を浄化してサラツヤを保証してくれる優れもの。  櫛からは芳しい椿油の香りが漂ってきて、結構なお値段の風格を感じさせる。 「使い込んでても、飴色にするまでは長いんだね」 「櫛を育てるとはよく言ったものだと思う。髪同様、手入れを欠かさなければ経年の変化も分かって面白い」 「……ふーん」  頑張ってるんだねえ、えらいねえ。なんて子供の成長を実感している親のごとく口元が緩んできた。  ……なんかキモいな、あたし。飲みすぎてる? 「あまり注目するな。集中しづらい」  さすがにガン見しすぎたか、あいつはドライヤーを持つとそそくさと出ていってしまった。  やば、日夜の涙ぐましい努力を邪魔してしまったか。  落ち着くため風呂でも入ってこよう、と思ったのだけれど。  その判断すらも脳の片隅に追いやられていくみたいに、体に力が入らない。  動こうと思えば動けそうなんだけど、心地いい倦怠感と浮遊感に気力が抜き取られて、筋肉まで司令が行き届かない感じ。  まずいな……まじで飲みすぎた……  後悔したところで回ったアルコールはすぐに抜けてはくれない。  つか、この状態で湯船浸かったらそのまま溺死コースまっしぐらだわ。  人んちを事故物件にするわけにはいかないので、あたしは醒めるまで待つことにした。  とりあえず……音楽でも聞いてよう……  目が覚めそうなハードロックなやつでも……  イヤホンを掛け直し、適当に音楽動画を探り始めたあたりからあたしの記憶は途絶えた。
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