5人が本棚に入れています
本棚に追加
時刻は、夜の十時に近い。
おれはN市にある会社に勤めている。仕事をおえて、住んでいるM市にもどるには、途中、田んぼのどまん中の道を、三キロほど走ることになる。
この冬は例年より気温が低いため、雪質が非常に軽い。だから、田んぼにつもった雪が、まるで乾いた小麦粉のように、少しの風でも、ふわっ、ふわっ、と宙に舞うのだ。まして今夜のように強い風が吹くと、はるか彼方までまっ白の雪煙におおわれ、まったく視界がきかなくなる。
ホワイトアウトだ。
ヘッドライトの光も、舞いあがった雪煙にさえぎられる。ほんの目の前の、わだちがかろうじて見えるだけ。それをたよりに、そろりそろりと前進するしかない。ちょっとでもハンドル操作を誤れば、道をそれて、田んぼに突っこむことだろう。
ハンドルを握る手のひらは、汗でびっしょりだ。
そもそも、こんなに夜おそくに帰宅するはずではなかった。
東京への一泊二日の出張から、午後三時少し前に会社にもどってきた。天候も荒れていることだし、午後半日の有給休暇ということにして、そのまま帰宅するつもりだった。
それを、あの嫌な上司が、
――宮田くん、例の報告書、まだかね?
と、さして急ぎでもない報告書の提出を求めてきたのだ。
――はぁ、明日の午前中に仕上げますから。
と答えても、ねちっこくからんできて、許してくれない。しかたなく、有休をあきらめ、報告書を書きはじめた。
最初のコメントを投稿しよう!