ゲス

2/6
前へ
/6ページ
次へ
 時刻は、夜の十時に近い。  おれはN市にある会社に勤めている。仕事をおえて、住んでいるM市にもどるには、途中、田んぼのどまん中の道を、三キロほど走ることになる。  この冬は例年より気温が低いため、雪質が非常に軽い。だから、田んぼにつもった雪が、まるで乾いた小麦粉のように、少しの風でも、ふわっ、ふわっ、と宙に舞うのだ。まして今夜のように強い風が吹くと、はるか彼方までまっ白の雪煙(ゆきけむり)におおわれ、まったく視界がきかなくなる。  ホワイトアウトだ。  ヘッドライトの光も、舞いあがった雪煙にさえぎられる。ほんの目の前の、わだちがかろうじて見えるだけ。それをたよりに、そろりそろりと前進するしかない。ちょっとでもハンドル操作を誤れば、道をそれて、田んぼに突っこむことだろう。  ハンドルを握る手のひらは、汗でびっしょりだ。  そもそも、こんなに夜おそくに帰宅するはずではなかった。  東京への一泊二日の出張から、午後三時少し前に会社にもどってきた。天候も荒れていることだし、午後半日の有給休暇ということにして、そのまま帰宅するつもりだった。  それを、あの嫌な上司が、 ――宮田(みやた)くん、例の報告書、まだかね?  と、さして急ぎでもない報告書の提出を求めてきたのだ。 ――はぁ、明日の午前中に仕上げますから。  と答えても、ねちっこくからんできて、許してくれない。しかたなく、有休をあきらめ、報告書を書きはじめた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加