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そしたら、
――ああ、ちょうどいいや。これも頼むわ。
と、別の書類まで押しつけてきやがった。
――いや、たいして急いでるわけでもないんだけどさ。ま、ついでだよ。明日の朝、おれが出社してきたときに、机の上にあればいいから。なっ、かるーくやっといて。
そうして自分は、さっさと定時で帰っていった。
くそっ、あの野郎、絞め殺してやろうか、と歯がみしたものだ。
で、ふたつの書類をかたづけたときには、もう夜の九時。天候の悪化もあって、職場に残っていたのは、おれひとりだった。
外に出ると、ひどい吹雪。雪はこまかな粉雪だった。
街なかでは、さほど運転に支障はなかった。しかし、街並みをはずれ、M市への田んぼ道にさしかかると、田んぼにつもった雪が風に舞いあげられていた。視界がきかず、最悪の状態だった。
そして、よりにもよってこんなときに、後ろの座席に悪霊が現れたのだった。
いや、むしろ、こんなときを狙って出てきたのかもしれない。
「かんじーざいぼーさつぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー」
おれは前方を注視して、のろのろ運転をしながら、口のなかで般若心経を唱えはじめた。霊を感じる体質だとわかった青年時代におぼえた経文だ。これまでに、数えきれないほど唱えてきた。思いだそうと努力しなくても、自然に口をついて出てくる。前方に注意力をそそぐ妨げにはならない。
しばらくして、般若心経を唱えおわった。だが、背後の気配は少しも減らない。
やはり強力な霊のようだ。
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