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自分の大事な宝物を差しだして、命乞いしたのだ。なんてゲスな男だと自分でも思う。
だが同時に、そんなにひどくもないだろう、という思いも少しはある。
おれは、悪霊がおれの考えを読みとってくれることを期待しながら、胸のなかでいいわけをはじめる。
妻の美月とは、三年前に結婚した。美月には、結婚まぎわまで交際している男がいた。それを奪うようにして結婚したのだ。だが、美月は結婚後も男と続いていた。
娘の愛美は、その男の娘だという気がする。顔立ちが少しもおれに似ていないからだ。DNA鑑定をすれば親子関係は明らかになる。とは思うものの、実行する勇気がこれまでなかった。
だから悪霊へのいけにえといっても、自分の本当の娘ではないかもしれないものを差しだすだけだ。少しは許されるはずだ。
そもそも、石川五右衛門の話もある。
昔、大泥棒の石川五右衛門は、捕まえられ、窯ゆでの刑に処せられた。息子といっしょに窯に放りこまれ、ゆでられたのだ。初めは息子を両手で持ちあげていたものの、熱さに耐えられなくなると、息子を踏み台にして、なんとか自分だけは助かろうとしたという。
そういうものだ。だれだって、自分がかわいいのだ。
おれはもう一度声に出した。
「愛美をくれてやる。だから、ここから出ていってくれ。頼む。助けてくれ」
叫ぶようにそう懇願した。
それからどのくらいの時間がたっただろう。
気がつくと、風が弱まっていた。
舞いあがる雪はめっきりと少なくなって、十メートルほども視界がきくようになっている。
そして――。
背後のおぞけは消えていたのだった。
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