20人が本棚に入れています
本棚に追加
2.
柴本光義は便利屋だ。
法に触れない範囲で人々の頼み事を聞いては、有償で解決してゆく。
とはいえ、今日この状態で仕事をするのは無理だろう。抜け毛を飛び散らせた挙げ句、お客に嫌がられる未来がわたしにも見える。
今週の半ば辺りから、抜け毛が飛び散らないようにするためのマナーコートを着ていたようだが、どう見ても限界だ。フードの付いた薄地の上着は、床の上でくしゃくしゃになっていた。
毛が抜けるときにはとても痒くなるらしい。筋肉と脂肪で固太りした体が、釣り上げた魚のようにびちびちとのた打つ。周囲に散った抜け毛が辺りにふわふわと舞う。
やめろ。目鼻が痒くなる。
換毛期の獣人にとって自営業は過酷だ。会社の福利厚生の一環として、換毛休暇とかブラッシングサロンの社員割引が喜ばれる理由がよく分かる。
「かいーの」
ゾンビのようにうつろな目でむっくり起き上がり、ヒンズースクワットのように膝の動きで腰を上下させ始めた。そうして、テーブルの角でごりごりと背中をこする。
世に出回っているゾンビ映画は浜の真砂ほどあるかもしれないが、こんな下品なシロモノがあってたまるか――いや、あるかも。世界は広い。別に探したりしないけど。
丸見えである。具体的に言及するのは避けるが大変に見苦しい。社会的には間違いなくアウトだ。これがイエローカードで済むものか。
こんなときにお隣さんが回覧板とか持ってきたりしませんようにと適当に祈る。この国には神様が八百万いるらしいから、きっと誰かしら聞き入れてくれるだろう。
あ、でも持ってきてくださるのが北海道産ホタテとかA5淡海牛のお裾分けとかなら、柴本をちょっとだけ生け贄に捧げるのも吝かではないです。
なんか美味しいもの食べたいな。
**********
手伝おうか?
眼前の地獄絵図を見かねて、床に落ちていたブラシを手に声をかける。丸っこい目はようやく生気をちょっとだけ取り戻し
「悪ぃ。頼むわ」
まだらに毛の抜けた背中をわたしに向けた。
最初のコメントを投稿しよう!