20人が本棚に入れています
本棚に追加
4.
「はー! スッキリしたー!」
ようやく服――といっても中身が横から見えるくらい脇の開いたタンクトップと薄いスウェット地の短パンだが――を着た柴本が、気持ちよさそうに伸びをする。抜けかけて不快だった下毛がなくなり、元気を取り戻したらしい。が、シルエットの丸っこさはあんまり変わっていない。
また太った? そう指摘すると
「しょうがねぇじゃん。お前と一緒にメシ食うと旨ぇんだもん」
あーはいはい。空があんなに青いのも電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも全部ぜーんぶわたしのせいですよーだ。
「拗ねんなって」
柴本が元気になった代わりに、今度はわたしが床に散らばっている。つい十数分前のよく分からないテンションがフラッシュバックして、とても恥ずか死い。
「良かったぜ。また次も頼むよ」
サムズアップでスマイル。そこには一点の曇りも邪念も(たぶん)ないけれど、今はいっそう気まずく感じる。
もうやだ。心に穴が開きそう。っていうか既に開いてる。
何か言う気力もなく、ただ毛の束に顔を埋める。ちょっといい匂い。わたし好みのシャンプー使いやがってふざけんな。鼻が詰まる。
「となれば、次はゴミ出しだな。冬毛の日、今年はいつだっけ? めんどくせぇんだよなー。一般ゴミに出せねぇし」
なんか難しい顔して携帯端末で調べていると思ったら、ゴミの日か。一般ゴミじゃダメなの?
「河都市だけでも獣人は60万人いるんだぜ? そいつらのが一斉に出たら処理場がパンクしちまうだろ。だから抜け毛だけ集めて専用の施設で燃やすんだ。毛の灰だけなら土に混ぜても海に捨てても問題ねぇし」
へぇ、面倒くさいんだねぇ。抜け毛の山を揉みしだきながら相槌を打つ。手触りが良いから、なんか捨てるの勿体なくなってきた。
「毛糸にして何か作るか? 手袋とかマフラーとか」
あ、なんか面白そう。そういえば、自分の抜け毛で手芸をやる動画投稿者がいたっけ。チャンネル登録だけして忘れてた。あとで見よう。
「とりあえず、掃除しなきゃな」
そうだね。
そこら中に抜け毛が降りつもったままのリビングを前に、わたしは柴本の言葉に呆然と頷いた。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!