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1.
朝起きて、リビングに入るとそこは雪国であった。
訂正。そんな訳あるか。
年中を通じて温暖な河都市では、雪自体めずらしい。たったの5センチ降りつもるだけでも、交通機関はたちどころにパニックを起こす。そもそも今は4月も半ばに差し掛かろうとしている。街路に植わったソメイヨシノは花を散らし、緑の葉ばかりが目につく。
目脂で開かない目を擦る。スギが終わればヒノキの花。アレルギー持ちにとっての地獄の季節は終わらない。
全身に圧し掛かるような倦怠感に思わずため息が漏れる。鼻の奥がむず痒くて、出そうで出ないくしゃみが腹立たしい。
ようやく開いた目で辺りを見回す。ちょっと寝坊した土曜日の朝。綿くずのように細かいものが、辺り一面に散らばっている。降りつもる雪に見えたものは同居人の抜け毛。地獄は続くよどこまでも。いい加減にしてくれ。
リビングの床に降りつもった毛の只中に、つい数秒前までのそれらの持ち主――もとい生やし主――であった獣人、柴本が仰向けに倒れていた。厚みのある胸とお腹が上下しているあたり、まだ息はあるらしい。
服を着ないで転がっているせいで横方向に大きな犬にしか見えない。パンツすら穿いていないから、丸出しなのは自前の毛皮だけではない。
今、来客があろうものなら社会的に死ぬ。自営業である彼にとって、そのダメージは計り知れない。たぶん。
何やってんの?
一歩歩くたび足の裏に貼り付く抜け毛を、スウェットの裾で擦り落としながら問うと
「かゆい」
蚊の鳴くような声が返ってきた。
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