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それでも、貴族達は贅を尽くした。威厳を保つためだけに──。
今宵も、家名を現す紋章が刻まれた馬車が、悠々と進んで行く。
どこぞの家が主宰する、舞踏会へ向かっているのだろう。
うっすらと積もった雪に、轍が刻まれていく。
その後を、すがるように追いかける一団。食うに食えない浮浪の民が、幾らかでもと、思し召しを求めて群がって行った。
「どけっ!邪魔だっ!」
御者の苛立つ声が響く。
通行の邪魔だと、両手を広げて懇願する者達を蹴散らすが、次から次へと表れ馬車を囲む。
「奥様、これでは、進めません。こいつらを、何とかしないと……」
御者の困窮ぶりに、馬車の小窓を塞ぐカーテンがすっと開かれた。
乗る貴婦人が外を伺うが、たちまち、その目は大きく開かれる。
(何てこと!街が、ここまで、荒れているなんて)
ふと、目をやった先──。さらに、貴婦人の驚きは増す。
「あ、あなた!こちらへ、いらっしゃい!」
声をかけた先には、妊婦が一人。上着どころか、靴さえも履いていない。
我も我もと、ざわめきだつ群衆に、貴婦人は言い放った。
「だめよ!彼女一人だけ!私だって、苦しいの。皆は、助けられない!」
すぐに御者が女を抱き抱え、馬車に乗せる。
「さあ、急いで!救護院へ向かって頂戴!」
答える様に、ピシャリと鞭の音が夜空に響いた。
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