二章 お嬢様のご帰還準備「一」

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「黒猫を踏み越えた乙女亭」では、突然現れた、場違いな客に皆が白い目を向けていた。   日傘をさして公園を散歩する、令嬢よろしくの、流行りのドレスに身を包んだ女が、現れた。   男連れでもなく、一人でやって来た所を見ると、好奇心からか、はたまた、令嬢風に見せた新手の商売女か。   と、訝しがっていると、女は、勝手知ったる勢いで、つかつかとカウンターへ向かい、甲高い声を挙げた。 「久しぶり~!マスターのおじちゃまぁ!」 呼ばれて、カウンター内で、仏頂面を決め込んでいた店主の面持ちが変わった。 「……ん?誰かと思えば!なんでぇ、セビィちゃんじゃねぇか!どうした?綺麗なおべべ着てよぉ!おっちゃん、一瞬、分からなかったわっ」 耳に飛び込んで来た、セビィという名前に、店の客の視線が一斉にカウンターへ集中したが、言葉通り、めかしこんだセビィの姿を認めると、皆、打って変わって、頬を緩めた。 「おっ!どうした、セビィちゃん。久しぶりじゃあねえか!今日も、儲けて帰るのかい?」 常連らしき、中年男気が、セビィに声をかける。 「あーそうじゃなくてね、今日は、ちょっとした用があるのよ」 言いながら、セビィは、手に持つゴブラン織のバックから、革の袋を取り出すと、店主に差し出す。   一瞬、店主は、目を細めると差し出された物の意味を、理解したかのごとく、なに食わぬ顔で懐に仕舞い込んだ。 「えーと、ジャックは、いるかしら?」 場の空気が、一瞬にして冷えた。   店主も、うっと、詰まるような息を吐く。 「あ、あー、いるけど。また、どうして……。」 言葉を濁す店主を追うように、気だるそうな男の声がした。 「……何の用だ?まさか、俺の体目当てとか言うんじゃねぇだろうなぁ?いくら、お屋敷勤めが、退屈だからって、こっちまで、巻き込んでもらいたかぁねぇんだが?」 本気だか、冗談だか読み取れない口振りに、セビィは、せせら笑いながら、男を見る。
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