二章 お嬢様のご帰還準備「一」

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「そのまさかよ!ジャック、うちのお屋敷に来て欲しいの」 セビィは、空々しく、薔薇の蕾が花開いたような、極上の笑みを浮かべた。 「はあぁ?俺が?」 男は、顔に掛かるシルバーグレーの長髪を書き上げると、はなからセビィなどいなかったかのように、カウンター席に陣取り、店主に合図する。   酒の催促と、店主も心得て要るようで、さっとグラスが差し出された。   グラスを口に運ぶ男の右頬には、一際目立つ傷があった。   それが由縁か、この街では、この男、片傷のジャックという通り名で、一目おかれていた。   いつの頃か、何処からともなく、ふらりと、ここにやって来て、今では、情報屋として、この街に馴染んでいた。と、いうよりも、皆に恐れられている、が、正しいかもしれない。   街の性質上、何かと、面倒な輩が集まって来る。各店は、それぞれ、裏方の男と称した、用心棒を雇っていた。   ごね尽くす客の相手。店から借りた借金を踏み倒し、逃げようとする雇われ女の説得。時には、管轄するお上へのご機嫌伺いと、聞こえは言いが、要するに、力強くの後始末を任す男を、一人、二人、用意していたのだ。   もちろん、この、ジャックも、その類の男なのだが、不思議な事に何処の店にも属しておらず、それでいて、裏街どころか、表側、貴族社会の情報通だわ、どこでも異常に顔が利くわ、つまり、皆の弱みをしっかり握って、上手く立ち回っているのである。   下手に騒ぐと、自分の恥部を晒されてしまうと、この街の者は、十分過ぎるほど理解していて、ジャックとは、常に一線を画していた。   そこへ、セビィが現れて、何やら、真正面から、ジャックと事を起こそうとしている。   セビィの後ろに、ギッチリ控える街の住人達は、気が気でなかった。   てっきり、いつものごとく、カモ相手に、セビィがポーカーで、一人勝ちするものだと思っていた。 その勝ちっぷりは、実に、豪快で、掛け率も、半端じゃない。   皆、今日も、儲けさせて頂こうと、押し掛けていたのだが、なにやら雲行きが怪しく……。    
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