二章 お嬢様のご帰還準備「二」

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その頃、何故に、グラスを執拗に磨いているのかと、我に戻ったセバスは、大机に突っ伏し寝息をたてているエドワードを放置して、自分の部屋へ戻っていた。 「全く、エドワードさんったら、なんですか?あのような所で、眠ったりして。しかし、個人の趣向は、尊重しなければなりませんし。風邪でもひかれたら……。まあ、自業自得でしょうけれど」 訳の分からない冷たさぶりをはっきしつつ、就寝準備に勤しんでいる。執事のお仕着せ、ジャケット、ベスト、パンツのスリーピースを脱ぎ去ると、始めて、セバスは、本来の姿、セバスティーの顔に戻れる──。    セバスこと、セバスティー・グランディエールは、(マルーン)色の、流すようにオールバックにときつけた髪を崩し、櫛で良くとかすと、顔を洗い、口をすすいで、リネンの就寝着(パジャマ)に着替えた。   そして、スツールの上に置かれてある、「季刊執事の友」と、「月刊セビィーヌ」を手に取った。 「あー、ヤバっ、まーた、執事の癖が出ちまった。んなもん、男なら、月刊セビィーヌでしょ。しかしだねぇ、近頃の聖マル、低迷しすぎなんだよ。昔は、さっさと股広げてたのに、マルグリット、どうした。もうちょい、サービスしろよなあ」 なにやら、愚痴りながら、聖マルこと、「聖女マルグリット、その愛の遍歴」のページを迷うことなく、開く。   ベッドに腰掛け、フムフムと、超男性向け連載小説を読みふける姿には、孕みたい!とまで、世の女性に言わしめさせる姿はない。   セバス大丈夫か?と、つい、心配してしまうほど、ごくごく普通の男が、就寝前の密かな楽しみにふけっているという、地味な光景があるだけだった。   と──、ドンドンと、部屋のドア を叩く音が。 「けっ!なんだよっ!せっかく、いいところだったのにぃ!人の楽しみ邪魔しやがって!」 しかし、ドアを叩く音は止みそうにない。 「うっせぇーなぁっ!」 悪態をつきながら、ドアを開けると、異常に切迫した顔つきの、ジェームズと、ロイドが、立っていた。 「セバスさん!セビィーさん!が、大変なんです!」 「……セビィーが?……まあ、大丈夫でしょう」 言い捨てて、セバスは、ドアを締めようとするが、ジェームズが、慌てて、体を滑りこませ阻止をする。 「いやいやいや!そりゃあ、ないでしょ!セバスさん!」 「え?そうですか?セビィーの事です。どうにでも、切り抜けるでしょう。私は、就寝前なので……失礼しますよ」 「えー!セバスさん!あんまりっスよ!セビィーさん、襲われて、警察にいるんっスよぉ!」 「セビィーが、襲われた?また、チビのロイド君、寝言は、寝て言うように」 セバスのやけに冷めた態度に、ジェームズは、ロイドに言う。 「なっ?言ったろ?セバスさんは、寝る準備に入ったら、人が変わるんだよ。あー、もう少し、早く動いてたら」 「なんとも、人聞きの悪いことを。初動が、不味かったと言うわけですか、ジェームズ。さて、本日のお役目は、もう、終えておりますので、失礼を」 「えーー!そんな!セバスさん!そこをなんとか!」 ジェームズは、セバスの腕をつかみ、部屋から、引っ張り出す。   「あー!わかりました!」 流石に、就寝着(パジャマ)のままではと、セバスは折れた。
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