三章 片傷のジャック「一」

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三章 片傷のジャック「一」

──果たして。 セバスの思ったら通り、セビィは、やらかしてくれていた。   警察庁舎の玄関をくぐり、ホールに入ったとたん、あーーーん!と、聞きなれた、空々しい泣き声をセバスの耳は捕らえた。   「あー、セビィさん、可愛そうに。あんな男に襲われたら、誰しも取り乱すでしょうに」   と、守衛の男がセバスに声をかけてくる。 「いえいえ、こちらこそ夜分に。妹がご迷惑をおかけしております」 何故に、守衛まで取り込まれている?   現状がよく読めないセバスは、ひとまず、丁重に礼を言った。   いやいやいや、と、守衛は、仕事ですからなどと、責任感満載の言葉を返し、 「あっ、その階段を登って二階、左に曲がって三っ目の部屋ですから。早く行ってあげて下さい」 と、行き先を案内してくれた。   言われなくても、これだけ、セビィの声が響き渡っている。どこに行けば、などと、聞かなくても分かる。どうも、セビィは、まだ、大立回りをやっているようだ。 「これは、ご丁寧に」 よっぽど、自分の方が丁寧だろ、と、セバスは、思いつつ、言われた通り、階段をかけ上った。 早いところ、騒ぎを収めなければ。   そして、早く、屋敷へ戻らねば。いったい、どれだけ超過勤務をしているのだろう。   そんな、セバスの胸の内をはかった様に、警察(ここ)を含め、官公庁が集まる街の中心部の大広場から、鐘の音が流れて来た。   市庁の建物内に備わる塔の先端にある、時の鐘が、一回鳴ったのだ。 「あー、午前零時をまわった。と、いうことですか。全く!こっちは、どんなに、超過勤務しようと、追加代金は、出ないですからっ!まるこみ、って、こと、セビィに今一度、教え込んでおかないと!働き損って、知らないのですかねぇ、あの妹は!」 ぶつくさ言いながら、セバスが二階へ行くと、更に、泣き声は大きくなる。 「ええーい!やかましい!」 諸々の苛立ちから、三っ目の部屋の扉とやらを、悪態をつきながら、セバスは、開け放った。 「あっ!お兄様!遅かったじゃない!」 「遅いも早いも!お兄様は、何も、聞いておりませんよ!」 「もう!妹の危機なのに!そんな言い様ないでしょう?それに、ノックぐらいしたら?」 「おだまんなさいっ!ノックも、何も、お前の泣き声で、かき消えるわっ!さっさと、帰りますよ!何時だと、思っているんです!」 「おやおや、つれないねぇ」 セバスをからかうように、合いの手が入る。 「……片傷の……ジャック!と、驚くべき所でしょうがねぇ、どうしたんです、その姿。自慢の傷も、何処へやら?そんなに顔が、腫れ上がって。私、言葉が出ないんですけど」 「十分過ぎるほど、でてるじゃあないか。本当に、兄妹(きょうだい)揃って、ペラペラと……」 ジャックは、忌々しそうに、息を吐く。そこまで、喋るのが、限界だった。セバスの言うように、今や、誰か分からないほど、その顔は、しっかり、腫れ上がっていた。 「まったく!あの、ジャックとしたことが、そんな、体たらく。でも、仕方ないでしょう。仕方なく、あなたも、連れて帰りますっ!仕方なくっです!」 「はあ?別にこっちは……」 「こっちも、どっちもありますか!こちらも、仕方なくなのですから!エドワードさんの命には、さからえませんっ!」 「エドワードの?!」 ジャックが叫んだ。  
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