3.St. Valentine's Day

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「お待たせ。ご馳走さまでした。」 出来るだけ明るく言って見上げると、 「どういたしまして。」 と普段の声が下りてきて安堵した。大地が持っていてくれたコートを羽織り、ストールもグルグル巻きにして外に出ると、冷気に刺される。氷の粒がみっしりと詰まったような空気の中を歩き出す。でも涙を落とした火照った身体には冷たさが気持ちいい。 川沿いを歩いていると、 「…すみませんでした。出過ぎました。」 澄んだ夜気の中、透明な声が落ちてきた。そっと見上げると、悲しそうな瞳とかち合い心が震えた。いつだって楽しさのかけらを含んでいる大地の瞳が翳るのを見ることになるなんて。 「最悪だな。」 溜息と共に藍色の空に吐き出された言葉は、でも夜空に吸い込まれて行ってくれずに、私の心の中でぐるぐると回り続ける。最悪、最悪、最悪。ほんとだね、最悪だ、私。せっかくバレンタインに誘ってもらって、とっておきのレストランでご馳走してもらったのに、滅茶苦茶にした。ただ言葉を飲み込むだけで、言いたい事も何も伝えずに。 「送ります。」 簡潔な言葉が選ばれている。 「大丈夫。」 声が震えないようにまたお腹に力を入れた。 「道わかりますから。東横に乗るより突っ切って行けるから早いですよ。」 そう言うと有無を言わさぬ大股で歩いて行く。病棟のスピードだね、大地。一緒の時はいつも少し加減してくれるのにね。ごめんね、何も言えなくて。ちゃんと向き合えなくて。 黙ったまま住宅街を抜けて行く。静かな夜に団らんの光が漏れる。手袋だってブーツだってストールだってしている。なのに身体の芯が冷え冷えとする。少し前を行くネイビーの背中に心の中で話しかける。こんな風に黙って歩くの、初めてだね。いつだって必ず言葉をかけてくれたよね。 あの縁日の時でさえ、まだ中学生だったのに。
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