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駅からすぐの動く歩道を進み、みなとみらい地区の象徴ともいえるランドマークタワーの六十八階に位置するフレンチレストランに到着し、案内されたテーブル席でウエイターが引いた椅子になれた所作で座りながら、彼女は何かを思い出したように笑った。
と言うより彼女が何を思い出し笑っているのか分かっていた。
「あの頃はね、若かったっていうかさ。もう忘れようよ、恥ずかしいからさ。それ以外の思い出だってたくさんあるでしょ?」
ここのレストランは彼女が帰省するたびに利用しているのだが。それでも彼女の中では初めて利用した時のこといつも思い出しているのだ。
僕はそんな彼女に対し苦笑いを浮かべる。
「嫌よ、あれだって私には大切な思い出だもの」
大切な思い出と言われたら僕は何も返せない。と言うより、もう何も返さないと言ったほうがいいかもしれない。
窓ガラスに顔を向ける彼女であったが、高層階からの夜景ではなくそこに映った僕らの姿を見ているように思えた。
いや、僕らを見ていたというより、過去の、まだ初々しかった僕らを見出しているのだろうと思った。
僕らが初めてここのレストランを利用したのは彼女が二十歳になった日の夜だった。約十年前、2011年の冬に一足先に二十歳になったばかりの僕がそれこそ一世一代の最高の誕生日をプレゼントしたいと計画し、レストランで食事した後、七十階にある日本で一番高い場所にあるバーラウンジで飲酒の解禁を祝おうとしたのだ。
もちろん、ホテルの部屋も予約していたり指輪のプレゼントも用意したりと、抜かりないよう思い付く限りの準備をして意気込んでいた。
だけど完璧と自負していた計画は、僕たち自身の経験値は考慮されておらず場の空気にのまれた僕らは飲みなれないお酒のせいもあって、大小さまざまな粗相を積み上げていったのだった。
「ホントあの時は若かったよね」
彼女はそう言ってクツクツと笑った。
「今思い出しても、穴があったら入りたい気分だね」
「そんな風に言わないでよ。さっきも言ったけど今となってはいい思い出だし、当時だって凄く嬉しかったんだから」
「ホテルの部屋に戻ってからめっちゃ罵倒してきたじゃんか」
ふんっ、とわざとらしく鼻を鳴らす。
「え? そうだったっけ?」
笑顔のままとぼける彼女を見ると僕はそれだけで満足してしまうのだった。
一段落ついた僕らの元へウエイターが戻ってきて見えるようにドリンクメニューを開く。
「お飲み物はいかがされますか、本日のおススメは――」
説明を一通り聞いた僕は一度彼女をチラリと見てから、視線をウエイターに戻す。
「じゃあ、僕はこのワインを。それで彼女には――えっと……、じゃあこの乳酸菌飲料をお願いします」
ウエイターがドリンクを取りに戻ったのを見送っていた彼女が、視線を望にもどす。
「さすが、よく分かってんじゃん」
彼女の言葉に僕はなんとなくぶっきらぼうに肩をすくめた。
その後、ドリンクを持って戻ってきたウエイターが望の前に置かれたグラスにワインを注ぐ。
「おかえり、でもってお疲れ」
鮮やかな色の赤ワインと、まっ白な乳酸菌飲料が入ったグラスが触れ合いチンと音を鳴らした。
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