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「ああ、美味しかった!」
美味しいコース料理を堪能しご満悦な様子の彼女を見て僕も嬉しくなる。
腹ごなしの運動として僕らは汽車道を散歩しているのだが、僕の数歩先を歩く彼女はシラフのはずなのに、どこかほろ酔いのようなテンションにも見えた。
「望くん、いつもありがとうね」
急に振り返った彼女はいつのも笑顔を浮かべてそう言った。
彼女の背後で街灯にてされた夜桜が潮風に揺られ花びらを散らし彼女を包み込む。
その光景は神々しいと言うより、どこか妖艶でいて儚かった。
僕は咄嗟に手を伸ばし彼女の手首を握っていた。
「わっ、どうしたの?」
驚いた表情を浮かべた彼女は握られた自分の手首をジッと見てから視線を僕にうつした。
「あ、いや――、ごめん……」
自分自身意図した行動ではなく、謝るほかなかった。
握る手の力を緩めようと思ったが、僕の手は自分自身の意に反して彼女を解放しようとしなかったのだ。
「あのさっ――」
意識をそらすために言葉を発する。だけどそれは時間稼ぎでしかなく続く言葉はなかい。
いや、本当は言うべきことはいくらでもあるのだが、僕はそれを言いたくなかったのだ。
「望くん、痛いよ」
「ごめん――」
彼女の静かなる主張を受けてやっと手を放した。
「未来……」
その先の言葉が続かなかった。
「なあに?」
僕の呼びかけに、彼女は不思議そうな表情を浮かべる。そんな彼女の表情、声、しぐさ。どれもが愛おしかった。
「えっと、未来は今、幸せ?」
何を馬鹿なことを聞いているんだと思った。
彼女は僕の急な質問に驚いたのか一瞬動きを止めたが、すぐに自分自身のお腹に視線を落として今まで見たことない優しい笑顔を浮かべながらそこをさすった。
その表情がすでに答えだと思った。
僕が一目惚れした愛嬌のある笑顔はそこにはなかったのだ。
「うん、幸せだよ」
優しい表情、優しい声、優しいしぐさで彼女はそう言った。
「そっか……」
狂おしいほど愛しい彼女を抱きしめ、僕は乱れそうになる呼吸を隠すように静かに深呼吸をした。
「えっと、未来。あのさ」
「なに?」
抱きしめられた彼女は優しく問いかける。僕は意を決するために今度は彼女にも分かるくらい大きく深呼吸をした。
「あのさ、今更だけどさ。結婚――」
心臓が破裂しそうだった。ここまで言っても続きの言葉が出てこなくて一度ごくりとツバを飲み込む。
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