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夕方17時、定時まであと2時間。コピー機の前で印刷した書類のプリントアウトをチェックしていると、不意にオリエンタルで甘くスパイシーなバニラの香りがしてギョッとする。
梗は慌てて辺りを見渡すが、誰かが通った気配はない。
「この香りって……」
何度も抱きしめられたリノがつけていた香水に香りが似ている。
結局明け方から三時間近く、たわいないメッセージのやり取りをしていたからだろうか。どうしてもリノのことが頭に浮かんでしまって、今朝はいつもより集中力が鈍い気がする。
香水のようなあの甘くてスパイシーな独特の香りのことは置いておいて、梗は資料を手にデスクに戻る。
「どうしました?なんか眠そうですけど」
斜め向かいに座る小桜がガム噛みますか?とボトルをこちらに向ける。
「ありがとー。貰うね」
ボトルを受け取って数粒手に取ると、小桜さんは気が効くねと苦笑いする。
「今日の服、中内さんにしては珍しいですよね。ハイネックのレースとか、割とガーリーで」
「ああ、これね。セールで買ったは良いけどあんまり着てなくて。変かな」
首元に何気なく手がいく。なぜならリノが咬んだ痕が残っているからだ。
「いえいえ。凄く可愛いです。もっとそう云うデザインの服着たらいいのに」
「ははは、考えとく」
会話を手短に切り上げると、新規の利用申請があがって来ているドラマやCM用の楽曲使用について、利用承諾前の確認作業に取り掛かる。
英文で文字を打ち込みながら、デスクに立て掛けた分厚いファイルを手に取って、該当アーティストのページをめくる。
「あー。これが終わったら、あのアーティストの著作権印税の配分片付けないと」
細々した仕事は山のようにある。楽曲使用の許可を得てからも契約書の作成で法務部とのやり取りがあるし、今日も忙しくなりそうだ。
気合いを入れ直してキーボードを叩くと、打ち合わせスペースから何人かの社員が出てきた。
(はぅあぁ!!天宮路部長ぉ)
相変わらず凛とした佇まい。目に眩しいくらい整った顔立ちと、スーツが似合う細身の体。
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