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 その後も若林と営業の二人が盛り上がり、天宮路は時折頷くだけでほとんど会話に参加しない。 (さすが武士、こんな場所でも変わらないのね)  天宮路の僅かな一挙手一投足を眼に焼き付けつつも、若林たちの会話に参加してCM制作の話題になり、売れっ子タレントを起用した裏話などで話に花が咲く。  話題の中心が洋楽についてなので、梗の得意分野であり、会話は大いに盛り上がって若林たちは終始ご満悦の様子でそろそろお開きとなった。 「いやあ、紅蘭ママ。今日は楽しかったよ。麗ちゃんは本当に音楽が好きなんだね」 「ありがとうございます。麗は昔から音楽が好きなんです。ですから今日はと、お席につかせていただきましたのよ」 「若林サマの博識なお話はとても興味深くて、楽しませていただきました」  紅蘭に倣って若林に挨拶を済ませると、今度は天宮路に向かって挨拶をする。 「天宮路サマ、本日はありがとうございました」 「あれ。私、名乗りましたか?」  キョトンとした顔で見つめ返されて、一瞬しまったと思うが、そこは話術でカバーする。 「皆さん仰るんですけれど、会話の中から得た情報で色々とお話をさせていただくんです。ご不快でしたら申し訳ありません」 「いいえ。そうですよね」  またもキラースマイルを浮かべて静かに笑うと、天宮路はまた来た時に名前を覚えていて貰えるものなんですかねと呟いている。 (あー。なにこの可愛い生き物!!)  胸がキュンキュン高鳴るのを必死で堪えると、紅蘭や若林たちと一緒にエレベーターに乗り込んで下まで見送りに出る。  紅蘭に引き続いて見送りを済ませると、よほど呆けた顔をしていたのか、戻りのエレベーターの中でどうかしたのかと紅蘭に顔を覗き込まれた。
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