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 紺碧の空がすがすがしく、暦の上では立夏を過ぎて吹きゆく風にも初夏の香りが感じられる5月某日。  目の前には英文字の羅列。仕事をして始めて知ったビジネスのやり取りでしか見聞きしないような単語。こんなメールのやり取りにも入社6年目、流石に慣れてきた。今や肩書きも主任である。  中内梗(なかうちきょう)、27歳。業界大手の音楽レーベル、エクリプスレコードの洋楽統括事業本部で、今は主に著作権やライセンスに関する業務を取り扱っている。  仕事は充実していて楽しい。大好きなアーティストに携われるやり甲斐のある仕事だ。  恋愛は……ノーコメント。コメントしようにも実績がない。  そんな梗は162センチの身長に、小ぶりな頭はベリーショートがよく似合うと評判が良い。顔のパーツが割とハッキリしているし、学生の頃にオシャレと無縁だったからか、いまだに化粧は苦手でほぼスッピン。  仕事は私服通勤が許されているが、無難にまとめてオシャレも苦手な部類だ。  そんなことをぼんやりと考えながらも、仕事は待ってくれない。  頭を切り替えてメールを返信するためにキーボードを叩いていると、斜め向かいの小桜京子に声を掛けられる。 「中内さん、外線4番にオシリスからお電話ですけど取れますか?トミタ様です」 「はいはーい」  オシリスは日本でも有名なゲームメーカーである。所謂音ゲーと呼ばれる音楽系のゲームがヒットした企業であり、今後発表される新作に、エクリプス所属の洋楽アーティストの楽曲収録が予定されている。  そんなオシリスの担当である富田からの電話を切ると、ふうと一息吐いてから、癒しを求めて視線を窓の方に向ける。 (ああ、あのキリリとしたご尊顔。今日も拝めて幸せです!)  梗の視線の先に居るのは弱冠32歳で部長職に就く、レーベル内でもある意味有名な天宮路紘範(てんぐうじひろのり)である。  彼が有名なのはそのキャリアだけでなく、今時珍しいほど堅苦しく、音楽レーベルになぜ勤めているのか不思議になるほど、遊びの部分が極端に少ないキャラだからであり、ついたあだ名は——武士である。
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