追われるモノ

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 彌生は裕翔に連れられてインターネットカフェに運び込まれると,個室に入れられてそのまま意識を失うように寝てしまった。  眠りに堕ちた彌生は久しぶりに夢を見た。普段滅多に見ない夢は,幼いころに住んでいた家のリビングで,父親と母親が楽しそうに談笑していた。夢の中の両親はやけに若々しく,常に笑顔だった。  そこには彌生の姿もあり,幼い彌生は床に置いた絵本を真剣な眼差しで一生懸命指先でなにかを確認しながらページを行ったり来たりしていた。  暖かそうな部屋は笑いに包まれ,家族団欒とはこういったものだとまるで見本を見せられているような気がした。  部屋の端には毛並みのよい犬が気持ちよさそうに横になり,時々薄目を開けて幼い彌生を眺めていた。 『なんだ……こんな嘘ばっかりの,クソみたいな夢は……。私にこんな両親はいなかった……ただのビッチな母親しかいなかった……』  まったく覚えのない絵本と見たことのない両親の笑顔,飼ったこともない犬がそこにはあり,かつて彌生が幼いころに望んだ世界そのものだった。  彌生にとって幼い頃の記憶は,いつもヒステリックに叫びながら頬を叩く母親といつ家に帰ってくるのかわからない他人のような態度の父親だった。  まだ彌生が赤ちゃんの頃に父親が起こした交通事故が原因で,両親は多額の借金を抱えていた。それが原因で二人は離婚(わかれる)を許されずに,まるで他人のように借金の返済のためだけに共同生活をしているようなものだった。  風呂に入れることも滅多になく,いつも汚れた同じ服を着ていたため,小学生になったときに突然家に知らないスーツ姿の大人たちがやってきて母親が怒鳴り散らしているのを覚えていた。施設から来たといった大人たちは母親に怒鳴られ追い返された。そんな母親は常に金と男でトラブルを起こしていた。  母親は夜になると綺麗に化粧をし,着飾って出掛けて行くが,彌生にとっての地獄は母親がいなくなり,母親の知人だという知らない男たちが部屋に入ってきて朝まで何人にも犯され続ける終わりのない時間だった。  夢の中で夢を見ているかのようで,幼い頃の願望と生々しい記憶が混ざり合い彌生の胸を締め付けた。
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