喰うモノ・喰われるモノ

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 小さな優しい手にそっと頭を撫でられ,その手の主を確認するかのように面倒臭そうに薄目を開けた。暖かい部屋でお気に入りのクッションの中で身を丸くしていたが,小さな手に全身を撫でられ,両腕と両脚を同時に伸ばしてあくびをした。 『……ああ……懐かしい……この手……この感触……ああ……すっかり忘れていた……なんて恋しい……』  部屋は明るく,そして暖かい。柔らかそうなカーテンが視界に入ると,小さな手が包み込むようにして身体を引き寄せた。  主の胸に頬を充てがうように抱きかかえられ,愛されていることを実感した。そんな愛情が嬉しくて,そっと目を閉じ喉を鳴らして精一杯応えてみせた。 『嬉しかった……いつまでも……ずっと抱きしめて欲しかった……』  ご飯を入れてくれる自分専用の陶器の器は,猫の足跡がいくつもデザインされ,飲水用の器とお揃いだった。 『ああ……あの器……大好きだった,あの器……どこにいっちゃったんだろう……』  強く抱きかかえられると,頬に心臓の鼓動が伝わり,肌の暖かさが服の上からでも感じられた。  ずっとこの生活が続くと思っていた。不安などなく,お腹が空いたら足元で鳴けばお気に入りの器にカリカリを入れてもらえた。  毎日,大好きな人たちに抱き寄せられ,頭を撫でられ,喉を鳴らしていたかった。 『なんで……なんで,こんなことになったんだろう……』  痩せ細り汚れた猫はガリガリと音を立てながら頭を噛み砕かれ,薄れていく意識のなかでかつての自分の生活を思い出した。 『ああ……あの子は……みんなは……どこにいるのだろう……』  垂れ下がった腸が下品な音を立てながら一気に吸い込まれ,黄色い不揃いの歯がぐちゃぐちゃと咀嚼した。 『……恋しい……会いたい……』 『ああ……会いたい……また……優しく撫でて欲しい……抱きしめて欲しい……』  薄れゆく意識が胸の奥をほんの一瞬だけ暖かくしたが,ゆっくりと目から一切の光が消えると同時にガリガリと音を立てて眼球が噛み砕かれ飲み込まれた。  薄暗い路地で猫を喰らった皺くちゃの手をした汚い歯のは,血と体液にまみれた口を微かに開き,異様な微笑みを見せると静かに闇夜に姿を眩ませサイレンが鳴り響く人混みの中を誰にも気づかれずに消えていった。  路地に残されたのは,ほんのわずかな猫の身体から垂れた体液,そして大量の瘡蓋が付いた汚い毛の塊,そして酷く汚れた枝のような細い骨だった。
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