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掬躬津彌生は目の前でぶつぶつと呟きながら暗い視線を落とす男を黙って見ていた。
この男は知り合いの女性からの紹介で一年ほど前に知り合った自称タトゥ・アーティストで,ドラッグと刺激のためならなんでもやる男だった。
男は袴田裕翔と名乗っていたが,それが本名かどうか彌生にとっては重要ではなく,実際に会ったときに驚かされた異様な容姿もどうでもよかった。
彌生にとって重要なのは,自身の保身だけだった。裕翔の異様さは,彌生にとって周りを威嚇するのにちょうどよくも思えていた。そしてなぜかこの男は彌生が逃げている相手のことを知っているようで,利用価値がありそうだった。
「逃げるってどうやって……?」
裕翔はそっと視線を上げると,ぶつぶつと呟きながら彌生を真っ直ぐ見た。微かに痙攣する瞼が気になったが,彌生にとってはこの男の行動次第で自分にも危険が及ぶことが明らかだったので,どんな判断をするのか裕翔の言葉を待った。
「アレ……あの化物……あの正体をお前は知っているのか……? あれは,完全体か? まだ人間なのか? 小さい生物みたいなのは一緒にいなかったか?」
「なに言ってんの……? 意味わかんないんだけど」
裕翔と出会って半年間,彌生はこの男が望むことをすべてした。好きでもない男の言いなりになり,股を開き欲するままに快楽を与えた。
その代わり,この全身を下品なタトゥとピアスで埋め尽くされ,両腕と両脚だけがやけに筋肉質な身体改造マニアの男は彌生の頼みを聞いた。
『ストーカーに付き纏われてるから,なんとかして欲しい』
その時,裕翔は彌生の言葉に余裕を見せて笑って応えた。何度もベッドの上で彌生の身体を激しく責めて,頭を掴んで歪に改造された陰茎を喉の奥まで力任せに咥えさせた。
『ああ……ストーカーくらい,なんとかしてやる……俺はお前を連れて逃げる,そしたら俺もまた先生の手術を受けられる……それが俺に課せられた手術を受けるための先生から与えられた宿題だからな』
目の前にいる彌生は明らかに苛立っているのを隠そうともせず,これまで余裕を見せていた裕翔が化物たちを見てから態度を一変させたことに不安を感じていた。
「取り敢えず,俺はお前を先生のところに連れて行く。お前との約束だし,先生からの宿題だ。そしてまた手術を受けるんだ……」
「ねぇ,なに手術って? あんたどこか悪いの? それとも何か特殊な身体改造の手術? なんなの宿題って?」
「お前には関係ない」
目の前の男は彌生がストーカーと呼んだ化物たちに完全に追い詰められていた。この男の癖なのか,気がつくと腕や脚のタトゥが入っていない部分に爪を立てて引っ掻きカリカリと音を立てた。
「くそ……どうしたらいい……このまま先生のところに連れて行って大丈夫なのか……そもそもアレは先生のところのヤツらじゃないのか……? 他にもいるのか……?」
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