覚醒するモノ

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 看護師の大きな身体がゆっくりと後ろに倒れると,脱力したまま大の字になり,勢いをつけて頭を床に打ち付けた瞬間に脳みそが飛び散って部屋を汚した。 「まったく,怠惰な身体の持ち主はこうやってすぐに部屋を汚す。でもね,こんな女でも若い頃はそれなりに美人だったんだけどね。山本さん,君が初めて救命救急センターに運ばれてきたとき,彼女も担当してたんだよ。君は覚えていないだろうけど,股間が再生していく様子を興奮しながら二人で見てたんだ。懐かしい思い出だけど,もう彼女は用無しだからね。せっかくだから私の研究成果を山本さんにも見て欲しくて。いまから彼女の再生を見ていて欲しい。すべては君の細胞が始まりなんだ」  横たわる看護師の大きな身体を織田が踏みつけたが,顔が半分以上なくなった身体は少し動いただけでその場で肉が揺れた。 「そういえば,掬躬津彌生の事故で車を運転していた袴田裕翔って全身刺青だらけの男がいたのは知ってるよね? 君たちの捜査でも名前が出ていたはずなんだけどさ。実は彼も君の遺伝子を埋め込んで私が作った木偶の一人なんだよ。彼,学生のころに大病を患ってね,私の患者だったんだよ。いつの間にかあんなに刺青をしちゃってね。気持ち悪いったら,ありゃしない。まったく今どきの若者はピアスだの刺青だの何をしたいのか,さっぱりわからないよ。まぁ,今回,彼に頼んだ宿題はなんとかやってはくれたけどね。彼には定期的に宿題といって課題を出した。それをクリアする度に延命治療をしてあげてね」  口から泡を吹きながら興奮を抑えることなく話し続ける織田は,山本の右腕を撫でながら嬉しそうにし,恍惚の表情を浮かべた。 「ああ,私はなんて幸運なんだろう。山本さん,私は君と出会い医学の道に無限の可能性を感じ,君がこの田舎の警察署に就職したとき,僕もこの田舎の病院に転職したんだよ。以来,君たちの健康診断から日常の診療まで,できることはなんでもした。救急医療の現場から総合診療だよ。外科医の私が。そして十五年掛けて掬躬津彌生を見つけた。彼女は僕が用意した最終試験にも合格した。三人の屈強な木偶を相手しても壊れなかったんだから,すべてが順調だ」  山本は視界の端に織田が移動させようとしている看護師の身体を捉え,織田の狂気に怒りを感じていた。例え自身が化物であったとしても,拘束されている山本自身は警察官としての正義感で身を震わせた。
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