眷属なるモノ

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 暖かい風が真嘉内の頬を撫で,波の音が心を落ち着かせた。白い砂浜の先に空と同化した海の蒼が白い雲を鏡のように写した。 『懐かしいな……子供のころに家族と行った最初で最後の旅行じゃないか……楽しかったな……』  白い砂は熱く焼けて,素足で歩くのは地元の人でも避けて必ず靴かサンダルを履いていた。真嘉内もこの旅行のために買ってもらったビーチサンダルを履き,ホテルから水着でホテル宿泊者専用のプライベートビーチで大きなパラソルの下で横になっていた。 『俊行。せっかく綺麗な海に来てるんだ,シューノーケリングをしに行こう! ほら,ホテルのプランで機材一式をレンタルでできる場所があるから!』  日に焼けた父親が笑顔で立っていたが,その鍛え抜かれた筋肉はビーチでも目立っていた。 『あなた……あなたも仕事で疲れているんだから,あんまり無理しないでね。それに(おか)の上では自信あっても海の中じゃ消防隊員だってただの人だからね。あなたみたいな筋肉ばっかりの人が溺れても助けられる人いないからね』  日焼けを嫌う母親が楽しそうにパラソルの下でカクテルを飲みながら,この旅行中に読むために買ったお気に入り作家の推理小説に視線を落とした。 『わかってるよ! ほら,俊行。行くぞ』  人生で最初で最後の旅行であり,最後に母親の笑顔を見た瞬間でもあった。  この旅行の後,母親は息子に何も言わずに家を出て行った。知らない大人たちが家に来ては父親と話し合う様子は見ていたが,まだ子供だった真嘉内にとっては両親が離婚した事実は理解しても,何が原因でどうしてこうなったのかは理解できなかった。 『ああ……楽しかったな……あの時,お母さん,どこに行っちゃったんだろう……』
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