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喰うモノ・喰われるモノ
月明かりさえ遮られた人工的な夜の世界が街を呑み込むと,人々は本能を剥き出しにする。昼間の大人しい顔はすっかり姿を隠し,欲望が蠢き徘徊しながら強い快楽を求め,堕落という名の深い闇へと堕ちてゆく。
そんな繁華街の片隅で痩せ細った猫が残飯に頭を突っ込み,夢中になって胃袋を満たしていた。人一人通ることができる程度のビルとビルの間で物音を立てながら,肉が削げ骨が露出した下顎を器用に使い得体の知れないゴミをむさぼり,何度も激しく嘔吐しては再びゴミに頭を突っ込んだ。
遠くで人間の怒号が響き,救急車のサイレンとクラクションが激しく鳴らされた。人の足音が激しく行き来し,誰も路地に猫がいることに気がつかず,早足で通り過ぎていった。
猫の身体は油でベタついて所々毛が抜け落ち,剥き出しになったピンク色の肌から出血し,瘡蓋が何重にもでき,汚れた毛の先に絡み付いていた。
死んだような猫の瞳に映るのは,路地の奥から伸びる細長い皺くちゃの手だった。人間の手にも見えるが,歪な形の不揃いな指は枯れた木の枝のようにも見えた。
カリカリ……カリカリ……
細く枯れた枝のような指が建物の壁を引っ掻く音が路地に響いた。指は不規則に動きながら,少しずつ猫へと近づいていった。
カリカリ……カリカリ……
さっきまでゴミを漁っていた猫は消えかけている自分の魂がいよいよ終わることを理解し,その身を預けるようにゆっくりと身体を起こした。
暗闇から伸びる手が優しく身体を包み込んだ瞬間,そっと持ち上げられたと同時に猫の身体がぐちゃぐちゃと音を立てて噛み砕かれた。
痛みなど,とっくの昔に感じなくなっている猫にとって自分が喰われることに抵抗はなく,生きること自体,随分と前から諦めていた。
終わりがきたことに安心すら感じ,喰われている自分の姿を客観視することができた。
赤黒い腸が溢れ出し,引き裂かれた腹からぶら下がった。黄色い不揃いの汚い歯で下品に噛み千切られながら猫が見た光景は,路地の奥から細長く切り取られた人間たちの世界,かつてそこに自分もいた世界だった。
意識の薄れていく猫の目の前では,蝋燭の灯火が小さくゆらめき,暖かい光に包まれていく光景が拡がっていた。
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