白に黒 水面に墨汁

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 外に一歩出ると窓越しに見た美しき景色は凶悪だった。視界を濁し、雪は肌を殴りつける。絶え間ない暴力を腕で遮ろうとしても嘲笑う結晶体。 「さぁ、こっちだ。早くおいで」  姿が見えるところまで行くと声をかけたが、犬はガタガタと震えるだけで動き出さない。  僕は然程(さほど)体力がある方ではないし、中学のスポーツテストではランク外判定だ。そんな僕を君は試すようにクーンと鳴いた。それは逆上がりの出来ない僕に掛けられる「大丈夫、出来るよ。もう少しだ」と言うものに似ていた。  雪風が気まぐれに向かい風から追い風になって、僕を急き立てる。 『ほらこのタイミング』  どんなにそう言われても逆上がりは出来なかった。  震えている犬を必死になってひざ掛けで包み、僕は追い風の中体を翻して向かい風を進む羽目になった。でもなぜか出来ると確信する。逆上がりとは違う。出来ると思った。  玄関をこじ開け、無風状態に置かれると僕は自分の息が上がっていることに気が付いた。見下ろすと犬も抱えられたまま緊張し、身を硬くしているのがわかった。 「どうしたらいい……ああ、風呂か」  犬は飼ったことがない。辛うじて飼ったことがあるのはクワガタだけで、はっきり言ってなんの参考にもならなかった。
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