かぐや姫の住む街

20/21
前へ
/21ページ
次へ
              プロローグ              ~ 7年後 ~  7月5日。私は寝室で主人と、まもなく1歳になる長女の光(ひかり)とベッドの上で川の字になって寝ていた。ふと真夜中に私は目を覚ました。部屋の中が淡い蒼色に照らされている。私はベッドサイドに浮かぶ丸い光の玉を見つけた。私は上半身を起こした。半透明の丸い球は上下に伸びて人の形になった。イケメン君だ! もう現れないと思っていたのに! そしてイケメン君は私に話し始めた。 「瑠奈さん。前回はどうも」 「あなた、また来たのね!? これは夢なの? それとも現実なの?」  私たちが話をしていても、主人と光には聞こえていないようだった。 「もちろん現実だよ」 「あの日、私は真地球には連れていかれなかった。なぜ?」  イケメン君は笑った。 「君たちのせい」 「私たちの?」 「連れて行くことが出来なかったんだ」 「どうして?」 「最初に会った時には、君は確かに恋なんかしていなかった。『ハイブリッド』の性癖として、君は簡単には恋には落ちないはずだった。でも君は彼のことを好きになっていたんだ」 「私、そういうつもりはなかった」  イケメン君が笑った。 「んなわけないでしょ。君は自ら望んだ。君たちは強く手を握っていたけど、僕たちは君たちの手の力なんかに負けたわけじゃない。心がつながっていたんだ。君たちの強くつながれた心を引き離すことが出来なかった。それは僕たちのテクノロジーでも超えられないもの。そんなとらえようもなく形もない『愛』ってものの力の方が強いなんて、いいんだか悪いんだか」 「じゃあ、私は地球に残っていていいの?」 「そのことで来た。僕はまた君を迎えに来るよ。今度の7月7日が、君が真地球に帰ることのできる最後のチャンスだよ。来るよね?」 「私には、今の生活が全てです。寛君と、娘の光と、お母さんと、私はずっとこの地球で生きていきます!」  私が強く言うと、イケメン君がため息をついた。 「いるんだよねー、一定の割合で。真地球へ帰ることを拒む『ハイブリッド』さんが」 「何と言われようと私はここに残ります! 無理やり連れに来たってだめですからね!」 「わかったよ。そんなことだろうと思っていた。イエス・キリストもそうだった」 「イエス・キリスト!?」 「そう。彼も真地球へ戻ることを拒否した『ハイブリッド』の一人」 「えっ?! じゃあマリアの懐妊はあなたたちの仕業!?」 「そういうこと。彼の行く末はどうなったか知っているよね。彼は僕たちの力を借りずに人類を導こうとした。でも、最後に人類に裏切られた。彼は史上最強の『ハイブリッド』と言われている。彼は僕たちよりも、神に近づいた可能性さえある。彼が真地球で『ディレクター』になっていれば、今の世の中はかなり変わっていただろうね」 「そんなこと知ったら、きっとみんなパニックになるわ」 「かぐや姫も『ハイブリッド』だよ。情報が流出して物語として残ってしまった。彼女は迷いながらも真地球に戻り、のちに優秀な『ディレクター』として活躍したよ」 「私が真地球に戻らなかったら?」 「実はね。僕は君の代理になったんだ。だから君が戻りたくないというのなら、それでいいよ」 「それでいいの?」 「しかたないじゃない」 「ごめんなさい」  私は胸をなでおろした。 「この前、僕は『ディレクター最高会議』に出た。そこで人類に制裁を与えるかどうかの判断をすることになった。12人の『ハイブリッド』の『ディレクター』に僕を加えて13人。結果は7対6。予定されていた人類への制裁は回避となった。6人の『ハイブリッド』と僕の意見が通った」 「なぜ君は回避を選んだの? 君は自分で、今が人類を裁く時期だって言っていたじゃない」   「僕は思い直したんだ。君たちを見ていてね。強い愛の力があれば、人類は自身の力で地球を守っていけるって思ったんだ」 「さっきあなたは愛のことを否定したわ」 「それが『テクノロジーファースト』の真人類の常識だからね。でも本当は真人類も『愛』ってものにあこがれているんだよ。僕たち真人類にとって『愛』って、とらえどころもなくあいまいで、造り出すことなんかもできない不思議な力なんだ。でもその力が確かに人類をつないでいる。理屈や理論なんかなくても、その力だけで生きていけてる。そしてその力は何でもない街の片隅にも、うらやましいほどに満ち溢れている。そんな人類が自ら滅んでゆくことなんて考えられないじゃない」  私は彼の言葉を聞いて、涙が溢れた。 「僕たちはあと少し、人類の様子を見させてもらうことになったから」 「じゃあこの街も、この地球もこのまま大丈夫なのね!?」 「それは君たち次第。僕たちに愛の力ってのを証明して見せてよ。僕は信じているよ」 「約束します! ありがとう!」 「一つだけ心残り。僕は瑠奈と真地球で一緒に暮らしてみたかったよ」 「どうして?」 「君の遺伝子の半分は僕のだからね」  私は愕然とした。 「あなたが・・・! 私のお父さん!?」 「まあ、ぶっちゃけ、そういうこと」  イケメンの父が照れて頭を掻いた。私は涙をぬぐった。私には父がいた。それは純粋に嬉しかった。私は、父に手を差し伸べた。私の手は、父の透明で蒼い光の胴体を突き抜けた。 「さよなら。元気で。会えてうれしかったよ」 「もう会えないの?」 「また会えるさ。でもきっとそれは17年後」 「えっ?!」 「じゃあね」  そう言って父は姿を消した。常夜灯の薄明かりだけが残った寝室で、私は上半身を起こしたまましばらく呆然とした。  私は薄明かりの中、寛君と光の寝顔を見た。それから光の枕元にあるミッキーのぬいぐるみを眺めて、そして窓際の水槽の中で泳いでいる一匹の大きな金魚君を確認した。私は深呼吸をしてから、ベッドから降り、窓際に行ってカーテンを開け、星空を眺めた。南の空に向かって飛んでいく彗星のような蒼い光が私には見えた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加