ときに戦争は。『この本をかくして』

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ときに戦争は。『この本をかくして』

 私が子どもの頃、父方の祖父は南方の激戦で亡くなったのだと聞かされ、母方の祖母の親族で生還したものの片腕を失った方とお会いしましたが、我がことと認識できず、戦争とはもう終わったことで二度とないと信じ、世の中が発展していくにつれ、国々は仲良くなっていくものだと思い込んでいました。  しかし大人になるにつれ、平和というものがいかに困難なものなのかということを痛感しています。  情報さえ共有されれば、善悪が明確になり、世の中に悲しいことは起こらないと思っていたけれど、情報は受け手によってさまざまな形に変わる。  それでも、知識や文化がいつか助けてくれないかと、私はつい願ってしまうのです。  今回紹介するのは、戦争と、一冊の本について描かれた絵本です。  『この本をかくして』    文: マーガレット・ワイルド   絵: フレヤ・ブラックウッド   訳: アーサー・ビナード   出版社: 岩崎書店  あらすじとしては以下の通りです。   ピーターの住む町が空襲に遭い、図書館も破壊されます。   本はすべて木っ端みじんになって紙吹雪が散るのを人々は惜しみました。   そんななか、実は一冊だけ無事の本がありました。   ピーターの父親が貸し出ししていた物語の本。   敵に街を占領され退去命令が出た時に、父親はそれを大切に布に包んで持ち出しました。   『ぼくらにつながる、むかしの人たちの話が ここにかいてある。    おばあさんのおばあさんのこと、    おじいさんのおじいさんのまえのことまでわかるんだ。    ぼくらがどこからきたか、それは金や銀より、もちろん宝石よりだいじだ』                                (原文引用)  そうして父子は難民として長い旅に出ることになります。  しかし、道半ばで父は衰弱していき…。  父の遺志を継ぐピーター。  どのような方法で彼が本を守ったのか、それは実際に絵本を読んでみてくださいね。  なぜ、本がそれほどまでに大切なのか。  そして、本とは図書館とは、人にとってどのようなものなのか。  それを静かに、そして強く語りかけてきます。  本とは、何だろう。  私は、文化の一つと思います。  そして、文化とは、人が人である証であり、財産であり、砦だと思います。   人は記憶または想像したものを誰かに伝えたいまたは残したいと思った時、その手段としておおむね文字を使います。  文字がなければ口伝や絵で、また歌や踊りや音、身振りなどを使って受け継ぎ、広めます。  こうして人々は誰かの作り出したものを頭と心でなぞって楽しみ、共感するのだと思います。  しかし、それらを受け継ぐ力がなくなったとき、ぱたりと途絶えてしまうのも文化です。  本は記録であり、記憶です。  そして、世界を開くであり、心の支えでもあります。  ときに、戦争は。  ひとを根だやしにしてしまいます。  それは、爆弾の力だけではなく。  正義を掲げて攻め込む側は人の心をなくして化け物になり、攻め込まれる側はただの的であり人とはみなしてもらえません。  そんななか、人が、人であることはとても難しい。  生きていくために必要なものはもちろん安定した衣住食です。  しかし、人として必要なものは文化だと私は思います。  その導き手の一つが本です。  誰かを思うとき、考える時、自分一人では限界があります。  何かを知れば、その答えを見つけられるかもしれません。  無用な争いを避けることができるかもしれません。  辛いことや悲しいことがあって心が波立っているとき、違う世界へ連れて行き、視線を変えてくれるのも、また本だと思います。  戦争とはなんだろう。  人とはなんだろう。  一瞬でも、一人でもいいから考えるきっかけになるために、本は存在しているのではないでしょうか。
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