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魔法のキス。『やかまし村はいつもにぎやか』、『太陽の東、月の西』より
今やすっかり大きくなりましたが、甥っ子たちは幼いころ闘うごっこ遊びが大好きでした。
忍者になったり、侍になったり、特撮もののヒーローになったり、時には怪獣や野獣になり・・・。
子犬のようにころころころころ転がって笑います。
見ているこちらとしては狭い家の中で家具の角に頭をぶつけたりしないかとか、ヒートアップして加減を忘れやしないかとハラハラし通しですが、電池が切れると、うまい具合に収まるようです。
・・・まあ、すぐに充電完了して、駆け出しますが・・・。
おおむね、男の子たちが夢中になるのは闘う人。
なら、女の子は?というと、今もお姫様でしょうか。
昔のようにジェンダーの線引きがなくなってきているとはいえ、すれ違う幼い女の子でディズニーのお姫様に憧れている衣装をよく見かけます。
さて。
お姫様ごっこといえば王子様。
そう関連付けるのは極端でしょうか。
私が小さい頃は必ず登場していたのだけど、今はどうだろう。
執事や騎士がいてもおかしくないなと思いますが、やはりメインは『王子様と結ばれて幸せになりました。めでたしめでたし』?
でもよくよく考えたら、『アナと雪の女王』はろくでなしでしたね・・・。
ちょっと混乱しています。
どうなのですか、今どきの女の子たち!!
私自身はどうだったかというと、どんな容姿でどんな人となりだというはっきりしたビジョンがないまま、『王子様』という存在だけにわくわくしていました。
今思うと三次元にほとんど興味がなく、ファンタジーを主にした児童書の中で妄想たくましく育った幼女時代…。
だから、『何となく素敵な王子』 。
現実的でないから、もちろん現われる方法も非現実的。
『王子様』の登場スイッチ、それは『魔法のキス』。
カエルとか、牛とか、クマとか、人間からかけ離れた生物にキスをしたら、私だけの特別な王子様が現われる。
なんてすばらしい話なんだろうと思いました。
しかも、今思えば、キスさえしてしまえば予約済みなんですよ、ステキ王子が!!
そこがミソだったのかもしれません。
みそっかすの私でも、たった一度のキスで形勢逆転。
この法則は、私以外の女の子の心もくすぐったからこそ、あちこちの国の童話や民話として語り継がれてきたのではないかと思います。
そして、サンタクロースとおばけの存在を心から信じている頃なら、「もしかしたら、あの物語のように王子様が突然現われるかもしれない」と本気で考えて、それを実行してみたいという誘惑にかられたりも・・・しれません。
ただし。
実際にその辺の動物にキスする事はなかなかないと思います。
親愛表現で飼い犬が主人を顔中舐め回す事があっても、王子様召喚のために人間が犬の唇を奪おうとすることはないでしょう。
そこをあえてカエルにキスを試す猛者が出てくるのが、アストリッド・リンドグレーンの『やかまし村』のリーサとアンナです。
三部作の中の『やかまし村はいつもにぎやか』の中にその場面はあります。
『やかまし村はいつもにぎやか』
作: アストリッド・リンドグレーン
絵: イングリッド・ヴァン・ニイマン
訳: 石井 登志子
出版社: 岩波書店
『やかまし村』はスウェーデンの片田舎の、三軒しか家のない集落の子供たちの物語です。
三軒ともほぼ大人たちと子供たちが同じくらいの年代で、みんなで家族のように密接に暮らしています。
大人たちは助け合い、子供たちは毎日ころころと遊ぶ。
何気ない日常が、とても楽しく描かれている作品です。
その中に出てくるのが『カエルの王子召還事件』(勝手に命名しました)。
リーサとアンナが小川で花を編んでお姫様ごっこをしている最中に、ふと目についたカエルが王子様だったら・・・と言う疑念、と言うか誘惑に駆られます。
しばらく逡巡しますが、もしかしたら本当に王子様かもしれないから、我慢してキスしてみようと一人がキスをし、もう一人の子が固唾をのんで見守りながら、「どう?王子様になりそう?」と問う場面があり(ちょっとうろ覚えです)、そこがとてもおかしかったです。
二人でしばらく待つけれど、カエルはカエルのまま。
ぴょんと跳ねて行ってしまいました。
がっかりするやら、きもちわるいやらで・・・。
その描写が面白くて、今でも時々思い出します。
それとは逆にキスのせいですべてがご破算になるのが、『太陽の東 月の西』。
『太陽の東 月の西』
編: アスビョルンセン
訳: 佐藤 俊彦
出版社: 岩波書店
岩波少年文庫の中でも古典に位置するため、今は入手が難しいかもしれません。
物語はこの本の最後に掲載されています。
紹介するとあらすじは以下の通りです。
子だくさん貧乏の家にある日シロクマが尋ねてきて、大金持ちになることと引き換えに一番美しい末娘を嫁に欲しいと言いました。
金に目がくらんだ両親は嫌がる娘を説得し、嫁がせます。
シロクマは親切で、連れていかれた家と家具は見たことのないほど立派で快適。
夜になると暗闇の中、シロクマでない人間の男が隣で横になることを除けば。
これといってやることのない日中に飽きた末娘はだんだん家族が恋しくなり、元気がなくなってきたため、見かねたシロクマが里帰りをさせてくれます。
ただし、『母親と二人きりで話をしてはならない』と約束させて。
しかし約束は守られないばかりか、その母親に『シロクマはトロルかもしれない。ろうそくを隠し持って眠りについたときに確認しなさい』と指示されその気になります。
帰宅後シロクマは『お母さんが何か言っただろうけれど、それを実行したら駄目だよ』とわざわざ忠告したにもかかわらず、娘は母親の言葉に従います。
まあ確かになんの説明もない状態だし、知り合って間もない奇怪なシロクマより母親の言いなりになってしまうのは無理もない事。
隣に眠る男の寝息が深くなってきたところで隠し持っていた蠟燭に火をつけてのぞき込むと、そこにはトロルどころか絶世の美男子がいるではありませんか。
一目ぼれした娘は『今すぐキスをしないと生きている甲斐がない』と思い実行したところ、ろうそくのしずくが王子の胸元に落ちて、彼は目覚めてしまいました。
このキスこそが、新たなる災厄を呼び寄せてしまったのです・・・。
そして娘は、犯した罪を償う旅に出かけねばなりませんでした。
囚われの王子奪還のために困難と戦うヒロイン、爆誕。
この展開は珍しく、たいていの物語はキスで良いほうに話が進む事が多いかなと思います。
『白雪姫』も『眠りの森の美女』もそうですね。
ただ王子様に助け出されるか弱い姫ではなく、戦う強い女の子という設定もこのころすでにあったのだなと今更ながらに思います。
キスは欧米の人々にとって祝福であり、幸せの印でもあるのかもしれません。
児童文学でも、最後にキスという幕の降ろし方を時々見かけます。
ハリウッド映画でハッピーエンドならば、主人公たちのキスでジ・エンドがわりと定番のような気がしますし。
『やかまし村』のカエルはあいにく王子様になりませんでしたが、リーサとアンナはキスをした瞬間、確実に大人の階段を一つ上がったのだと思います。
それは、オトナのこちらから見るとちょっと寂しいものではありますが・・・。
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