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玄関で靴を脱いで、家に上がる。リビングに入ると、彩矢がキッチンで料理を作っていた。信次は、安堵の息を吐く。
「彩矢、どこにいたんだ」
「ずっといたわよ」
「いなかっただろ。蓮の昼飯も作ってないじゃないか」
「いたわよ」
「どこに」
くるりと振り返った彩矢は、無表情に人差し指を立てて、天井を指さす。
「そこに」
「え?」と信次は天井を仰いだ。当然だが板張り天井には、ペンダントライト以外に何もない。意味が分からず、信次は訊き返した。
「天井にいたって言ってるのか?」
「ええ」
「なんだ、それは冗談か?」
信次が険しい表情で訊くと、彩矢は能面のように無表情な顔を、ころっと変え、にこりと笑う。
「そうなの。驚かそうと思って」
「ああ……、そうか」
顔を引き攣らせながら、彩矢の手許に視線を落とす。左手に包丁が握られていた。彩矢は右利きのはずだが。信次は敢えて触れず、彩矢に背を向けた。その背中に突き刺すような視線を感じたが、信次は振り向かなかった。
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