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途中で買い込んだ食材などを運び込みが済んだ。玄関から屋内に入ると、彩矢はキッチンで食材を冷蔵庫に入れており、蓮は、奥の畳部屋で寝転がってゲームをしている。優希は、フローリングの寝室で荷解きをしていた。
信次はバーベキューの道具の入った箱を持ち、テラスに出た。今夜使うバーベキューコンロのセッティングに取り掛かる。ベンチシートに囲まれた白いテーブルの中央に、バーベキューコンロがある。信次は蓮にやり方を教えようと、掃き出し窓から顔を覗かせて蓮を呼んだ。
「蓮、手伝ってくれ」
「無理。今、忙しいから」
「忙しいって、お前、ゲームしてるだけだろ」
「外、虫いるし、やだ」
「いいから、お前も少しは優希を見習って手伝え」
「蓮は疲れてるんだから、無理させないで」
彩矢が口を出す。蓮は、ちらりと信次を見て、すぐにゲームに視線を戻した。最近彩矢は、優希への当てつけのように蓮を優遇する。
諦めた信次は、テラスに戻り、新聞紙を捻って火種を作った。そこへ荷解きを終えた優希が顔を出す。
「わたし、手伝うよ」
常に他人を気遣う優希が、信次はたまに心配になる。この社会で生きていくには、優しすぎるのではないかと。
信次は製薬企業で十五年MRをしている。MRは、かつては過度な接待が横行していた業界だ。しかし近年は規制が入り、医師へティッシュひとつも渡さないこともある。ただこの世界に長年いると、人間の薄汚い部分は嫌というほど見えるし、仕事を辞めるまでにまともな医師に出会えるだろうかという疑問さえ持つようになる。優希もいずれ、そういう汚穢にまみれた世界に泳ぎ出て行かねばならない。そこを生き抜くには、優しさだけでは不十分だ。
「荷解きは終わったのか」
「うん、大丈夫」
「蓮は仕方がない奴だ、まったく。優希は、いつも手伝ってくれるのにな」
「蓮は、お母さんのお気に入りだから、仕方ないよ」
淋しそうに零す優希を、信次は切なそうに見る。優希が、淋しくないわけがないのだ。
そこへ、彩矢がテラスに顔を出して言う。
「お隣の山田さんにご挨拶してくるから、よろしくね」
山田とは、車で十分ほどのところに住む隣人だ。鬱蒼とした木々に囲まれているここは、近隣に住宅がない。なので、一番近い山田宅でも、そのくらいかかった。
優希は、すかさず言った。
「私も行く」
「あなたはここで、お父さんを手伝って。———蓮、お母さんと一緒に行く?」
「行く」と蓮は言うと、スマホでゲームをしながら怠そうに立ち上がって、スマホに視線を落としたまま玄関へ向かう。
「じゃあ、よろしくね」
彩矢は言うと、東京のデパートで買った土産を片手に持って、そそくさと出て行った。
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